2007年3月21日 (水)

司祭召命を求める祈り

いつくしみ深い神よ、
わたしたちのなかから、
あなたの民の一致のために
生涯をささげる司祭を選び、導いてください。
わたしたちがかれらともに働き、
神の国の証し人となって
御子によってゆだねられた
福音宣教の使命に
ますます駆り立てられますように。
神の母である聖マリア、
わたしたちとともに祈ってください。
主キリストによって。アーメン。

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2007年2月 5日 (月)

日本26聖人殉教者

Stj26_2

2月5日はカトリック高槻教会の守護聖人である日本26聖人殉教者(リンク先は心のさかば)の祝日です(写真は聖堂内にある二十六聖人殉教の碑)。

豊臣秀吉によるキリシタン弾圧で、日本26聖人殉教者は処刑されました。京都で耳をそがれ、大阪を経て、陸路と海路で800キロの道を移動し、長崎の西坂の丘で十字架にはりつけられました。最期に御聖体をいただけませんでしたが、神への信仰を守り通して殉教されました。

日本26聖人は、1627年および1629年に列福、1862年に列聖されました。1865年には大浦天守堂が西坂の丘に向けて建てられ、1962年には列聖100年祭を記念して西坂の丘に日本二十六聖人殉教記念碑および日本二十六聖人記念聖堂(聖フィリッボ西坂教会)が建てられました。

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2007年2月 4日 (日)

ユスト高山右近の列福を求める祈り

すべての人の救いを望まれる神よ、ユスト高山右近は、「全世界に行って、福音をのべ伝えなさい」というキリストのことばにこたえ、苦しむ人を支え、困難のうちにある人を助け、あなたへの愛をあかししました。また、世の権力に屈することなく福音に忠実に従う道を選び、すべての地位と名誉を捨て、幾多の困難をすすんで受け入れ、ついには異国へ追放されました。このように、あなたはユスト高山右近をとおして、すべての人に仕える者の姿を示してくださいました。
父である神よ、どうか私たちの祈りを聞き入れ、福音を力強くあかししたこの神のしもべを福者の列に加えてください。
わたしたちの主イエス・キリストによって。 アーメン

(各自の意向を沈黙のうちに祈る)

父である神よ、現代に生きるわたしたちが、あなたの忠実なしもべユスト高山右近にならって、この世の力や誘惑に惑わされることなく生き、み名を知らない人びとに福音をあかしできるよう、ゆるぎない信仰と勇気で満たしてください。
わたしたちの主イエス・キリストによって。 アーメン

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2006年7月17日 (月)

祭服の色

先日のミサで、神父様の祭服は緑色でした。

これは『ローマ・ミサ典礼書の総則』の六色を元に、白、赤、緑、紫、の四色が使われるようです(参照:大阪教区典礼委員会・質問コーナー)。

江島正子著「モンテッソーリの宗教教育」(p.174)には、各色の意味が書かれています。

カレンダーの相互関係 意味
お祝いの色 光・恵み・超越的
お祝いの前の色、準備する期間 紫は赤と青からできる。赤=情熱、青=空・天・神の国
聖霊降臨の祝日の色 火・炎
お祝いの後の色、いただいたお恵みがたくましく大きく成長する期間 自然・希望・充足

実際の祭服の色は、オリエンス宗教研究所の「聖書と典礼」のページのカレンダーで知ることができます。

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2006年6月28日 (水)

両形態

御血と御体のいただける聖体拝領の形式です。

ミサでは、カトリックの洗礼を受けられた方と、有効な洗礼を受けたあとにカトリックに受け入れられた方が聖体拝領できます。それ以外の方と初聖体をおすみでない子供さんは神父様の祝福を受けることができます。

カトリック高槻教会では、子どもとともに捧げるミサの一部を除いて両形態で行われています。両形態は両形色ともよばれ、ぶどう酒から聖変化した御血とパンから聖変化した御体を拝領します(両形態でない場合は御体のみ拝領します)。

両形態で行われるミサでは、直接カリスからいただくこともできます(教会によっては直接拝領できないところもあります)。御体をいただいたあと、前方左右から祭壇に進んで御血いただいてください。御血の拝領のあとは、横にある布で飲まれたところを拭き、次の方のためにカリスを回してください(茶道のような所作です)。

ぶどう酒はスペイン産のミサワインが用いられています。シロップのように甘いワインです(他の教会では辛口のところもあるようです)。

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2006年5月30日 (火)

ご聖体について

パンとぶどう酒がなければミサはできない。パンとぶどう酒両方準備しなければならない。聖体拝領はラテン語でコムニオと言い、一致するという意味。一つになる、イエズス様と一致する、ということ。形式的に拝領してはいけない。敬虔な心で、悪い事は謝り、今後良く生きていけるようにしっかりと拝領する。ご聖体はミサ後、聖櫃内に安置されている。赤いランプがついているのは、ご聖体が安置してある印。聖堂内にはイエズス様がいつもいてくださる。聖体訪問してご聖体のイエズス様とお話しすることも大切。

(小さな広場 1577号、友友会 定例報告 「3.神父様のお話」より)

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2006年5月20日 (土)

主の祈り

「主の祈り」は、弟子たちが主イエス・キリストに教わった祈りです(ルカ11・1-4)(マタイ6・5-15)

 天におられるわたしたちの父よ、
「父よ」とあるのは、神様が私たちのお父さんであり、神と人間が父と子の関係、つまり信頼関係であり、親に見守られて生きることを示しています。父には怖いイメージもありますが、助けてくれたり、力づけてくれるイメージもあります。また、頼りになる存在であり、神が我々に命を与えてくださったように、全能と言われている能力があることを示しています。

全幅の信頼から「父よ」と言いますが、なぜ母でないかというと、母には優しい、身近、愛情深いイメージがありますが、父には正義や善悪のイメージがあるからだといわれています。

「天におられる」と言うのは、天上におられるという意味ではなく、我々の能力を超越したお方である、人間にできなくても神様には可能であるという意味で、お願いの実現や助けをしてくださる頼りがいのある存在であることを示しています。

み名が聖とされますように。
「み名」とあるのは、名は体をあらわすように、神としてたたえられ、神として尊敬され、敬う気持ちを示します。

み国が来ますように。
神様が支配される国、神様の望まれるような愛に包まれ、信頼される国を望みます。戦争などの悪ではなく、神様がおられ力を発揮される国です。み旨が実現される国を実現するには、一人一人に聖なるものになるような生き方が求められます。

みこころが天に行われるとおり地にも行われますように。
神様の望んでおられるような行いをした人のみが天国に居ますが、地上はそうではありません。我々が神様のみ旨を果たし、国を築きます。(ここまでは精神的な事に関する祈りです)

わたしたちの日ごとの糧を今日もお与えください。
私たちの生活に必要なもの(衣食住)を与えてくださいと祈ります。世界の65億人のうち、十分な食事ができるのは1/3だけで、家のない人もいるなど、現実の社会は必要なものが十分ではありません。「わたしたち」とあるように、自分だけでなく、みんな、兄弟のことを考えないといけません。

わたしたちの罪をおゆるしください。
罪をおかしたとき、許してくださいと願います。「わたしたち」とあるのは、自分だけでなく、家族、日本、世界、人間の兄弟など、に祈ります。世界には、今も様々な犯罪がおきています。

わたしたちも人をゆるします。
いつまでも根に持つのではなく、神様に赦しの秘跡で何でもゆるされるように、神の愛を思い、人の罪を許します。しかし、それは決してたやすくありません。聖書では「「仲間を赦さない家来」のたとえ」(マタイ18・21-22)にあるように、2回も3回も7の70倍まで、際限なくゆるせと言われています。「人を裁くな」(マタイ7・2)のようにあなたたちの量りで量られます。

わたしたちを誘惑におちいらせず、悪からお救いください。
この世に生きている限り、色々な誘惑にあいます。「長老たちへの勧め」(一ペトロ5・8)にあるように餌食を求めるライオンに警戒します。落とし穴に落ちないように、悪魔からの誘惑から守りお救い下さいと願います。

主の祈りはミサやロザリオの祈りのほか、十字架の道行きの信心などでも唱えることがあります。キリスト教の最も代表的な祈りのひとつと言えるでしょう。

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2006年5月15日 (月)

ロザリオの祈り

Rosario_1 ロザリオはラテン語でバラ(ローザ)の花輪と言う意味です。もともとは、マリア様をたたえる「恵みあふれる聖マリア~」(聖母マリアへの祈り)と唱えるごとにマリア像にバラを捧げていたことが始まりです。バラがないときは別の花を捧げていたようですが、それもできないときのために草の実でロザリオを作るようになったようです。5世紀ごろに始まり12~13世紀に盛んになったようです。

ロザリオの祈りは、まず

  1. 十字架で信仰宣言をします
  2. 独立した玉で主の祈りを唱えます
  3. 連なる玉のところで聖母マリアへの祈りを各1回、合計3回唱えます
  4. 独立した玉で栄唱を唱えます
  5. 輪とつないでいるところ(第1玄義)で主の祈りを唱えます

つぎに輪のところで

  1. 連なる玉のところで聖母マリアへの祈りを各1回、合計10回唱えます
  2. 玉のないところで栄唱を唱えます
  3. 独立した玉(第2玄義~)で主の祈りを唱えます

上の1~2を一連とよび、1~3を繰り返します。一周を一環と呼びます。一環で50回マリア様をたたえます。

ルルドでベルナレッタの前にマリアさまが現れたとき、ロザリオを持っておられたそうです。そして、ロザリオの祈りを自分だけでなく、人のため、亡くなった人のために祈るようになったようです。

16世紀のレバントの戦いでは、トルコ艦隊と戦うキリスト教徒は劣勢でしたが、教皇がロザリオの祈りを全世界に呼びかけ、勝利したそうです。

ロザリオの祈りは一連、一連キリストの生涯を考えながら唱えます。祈りの本には、喜び、苦しみ、栄光、光の玄義が載っています。それぞれ、イエスの生誕、受難、復活、変容・聖体などを黙想して祈ります。

ロザリオがあると祈りやすくなり、誰でもどこでも祈れます。バスや電車に乗りながら、歩きながらでも祈れます。写真のようなロザリオのほか、指ロザリオという一連だけのロザリオもあります。朝、昼、夜と少しずつ、一日一環というように毎日のように唱えることが望ましいとすすめられています。

もともとは、曜日ごとに以下のように目安が定められていました。

喜びの神秘として月曜と木曜(光の神秘参照)に、告知、エリザベト、お生まれ、神殿にささげられる(お宮参り)、神殿に迷子になる、を思い浮かべてそれぞれ一連祈ります。

苦しみの神秘として火曜と金曜に、ゲッセマネ、鞭に打たれる、茨の冠、十字架を背負わされる、十字架に貼り付けられる、を思い浮かべてそれぞれ一連祈ります。

栄光の神秘として水曜、土曜、日曜に、復活、天の国に昇られる、弟子に聖霊が下る、マリア様が天の国にのぼられる、マリア様がすべての人の母(元后:げんこう)である、を思い浮かべてそれぞれ一連祈ります。

前教皇であるヨハネ・パウロII世は光の神秘を追加され木曜とされました。ヨルダン川で洗礼を受ける、カナの婚礼、福音宣教のはじめ(「神の国は近づいた」と言われた)、キリストの御変容、御聖体の制定、を思い浮かべてそれぞれ一連祈ります。

私たちは神様のことを忘れてしまいがちですが、この世のことに心を奪われないで神様のことを思い出すように祈ります。

寝付けないときにも良いと言われています。寝る前に感謝して祈ります。途中で寝てしまっても、あとは天使が唱えてくれると言われています。

ロザリオの祈りは庶民的な祈りです。昔の修道者は毎日3環を唱えたそうです。息をしているように神様に祈ります。

お店には、大ロザリオといってゴルフボールほどの玉で、輪の直径が1メートルほどのものがありますが、子どもに説明するとき以外は実用的なものでなく、飾っておくものだそうです。

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