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[#TiDD] ソフトウェア工学の憂鬱と回答

ここのところ、気になる記事がいくつかありました。

どれも間違ってはいませんが、「それだけではないでしょう」と思いました。

博士が現場にいない日本

高学歴の人たちはどこにいるべきなのでしょう。これまでは大学の先生になるのがお決まりのコースでしたが、いまやその道が狭いのは誰にでもわかる事です。中には学部や修士のタイミングで不景気だったからと、時間稼ぎで大学に残ったひともいるでしょう。それなら企業の人の参加するシンポジウムや勉強会に参加するなど、就職の準備をすべきです。

1998年頃だったでしょうか中国のある企業で名刺交換すると、ほとんどの方が博士でした。自分を基準に考えると専門分野に詳しいだけですので、博士だからといって優秀とは限りません。しかし、少なくとも基本は習っているはずですし、物事を整理してまとめる技術はあるはずです。正直なところ危機感を感じました。

日本の大学院では先生を除くと、優秀な人ほど大きな企業に、そして管理に近い部門に就職します。このため、大学院を出た人は発注や管理をする事はあっても、ソフトウェアの開発現場に関わられている方はあまりおられません。ソフトウェア産業の黎明期には高学歴な方もおられたようなので、給与とプライドの問題なのでしょうか。

ソフトウェア工学はエンジニアリング、しかも人に関わるところが大きいので、現場を無視する事はできないと思います。管理的な内容だけでなく、もっと現場で生きる研究がなされれば、博士が現場にいる事で生産性が上がる様になり、給与とプライドを手に入れる事ができる様になるのではないでしょうか。

ありがちな論文のパターンと論文の評価

ソフトウェア工学の論文にはいくつかのパターンがあって、それらを参考にすると論文らしい論文が書けます。良くあるのは、問題設定があって、それを解決するアイデアを示して、実験して、こんな効果があって課題はこれです、と言う感じです。

実際はそんなにうまくいきません。最初の思惑から外れて、違う結果が出た場合、それが発見だったりもします。そこで、問題設定を変更したり、場合によっては文献を探し直したりします。

実験をするのは効果を定量的に示したいからです。問題の解決法など評価対象の効果だけが示せる様に、それ以外の影響を除外して、なるべく統計的に示します。

論文は以前書いた様に新規性、有効性、信憑性で評価されます。新規性は関連する論文との違いから、有効性は既存の方法との効果の違い、信憑性は評価方法や統計的な効果で示すのがベストで、可能な限り定量的な数値があることが求められ、それ以外では、詳細な実施方法によって再現方法を示す事で信頼際があがります。

これらの評価には段階がありますが、正当な主張であれば必ずしも高い評価でなくても採録対象になります。シンポジウムや国際会議では採録される本数が決まっていますので、評価が高いだけでなく参加者が興味を抱く内容の方がが採録されます。

論文誌(ジャーナル)にも色々あって、採録され易い論文誌とそうでないものがあります。基本的に厳密さが要求されますが、「条件付き採録」と言う物があります。これは、「類似研究のXXとの違いを示せ」など示された条件を反映すれば、採録してもらえると言う物です。

論文誌に採録されるには、この条件付き採録が下限の評価になります。すごい論文を書くのが難しければ、不採録にならない、指導してあげたいと思われる研究を考えると良いと思います。

査読者も人間ですから、面白い論文や社会に寄与すると思われるは通したいものです。目先の成果も大切ですが、それに至る思いを論理的に示す事も大切だと思います。

評価基準に合わせてやりたい事をやる

実は私は完成度の高い論文を書くのが得意とは言えません。採録時には何かしらの条件がついている事が多いです。それでも条件付き採録にしてもらえたのは、論文に示す成果だけをゴールにしていないからだと思っています。

私は長らくソフトウェア工学に不満を持っていました。それは、大規模プロジェクトの管理に関する問題を多く解決しているものの、小規模な問題や現場の問題はあまり解決してくれていなかったからです。

そこで、そのような問題がある事、解決策があることを示すために論文を書きました。このような論文の場合、問題の分野があるが研究されていないことを明示する必要だけでなく、文献を新しい視点で整理します。場合によっては解決法にあわせて問題を設定します。

これは、新規の研究ではありますが、その事よりも関連研究を分類・整理して、新しい分野を示す事が大きなねらいですので、サーベイ論文に近いかもしれません。ただ、よほど大規模でないとサーベイは論文誌に載りませんので、実験や分析でその正当性を示す必要がありました。

問題設定が重要

ソフトウェア工学はアルゴリズム研究の様に「XX問題」といったあらかじめ定義された問題が少ない分野です。論文ごとにその問題を関連研究から明示する事が必要です。そこで、記事の様に既にある研究を発展させるか、過去に採録された論文の問題設定そのままに発展させる事が多く行われています。

反面、ソフトウェア開発には解決しないといけない問題が山積みです。新しい分野を示す論文がもっと必要だと思います。そのためには、産業界とアカデミアがもっと交流する必要があると思います。

これは、シンポジウムのような場をつくることや現場の人間が論文を書く必要があると思います。しかし、開発現場にいると論文にまとめる余裕がなかなか取る事ができません。そこで、書籍化によって引用可能な状態にできればと、思っています。

アジャイルの普及が遅れている理由

そのように色々考えると、アジャイルの取り組みが遅れているという記事には色々言いたい事があります。

アジャイルは転職標準として普及している側面があると思います。転職による技術伝搬が少ないのではなくて、転職が多いので受け入れ側も標準を取り入れざるを得ないのではないかと思います。

ウォーターフォールだとPMBOK、アジャイルだとスクラムマスターやプロダクトオーナーの資格が転職に有利だと思います。しかし、同じ規模だとすると必要あるいは有効とされる人数はスクラムマスターの方が多いので、標準になりやすいと思います。これからすると、記事とは理由は違う意味で、転職者が増える環境にあればアジャイル開発が増えると思います。

でも、採用目的のアジャイル開発の導入が増える事によって、記事が問題としている競争力が上がるのでしょうか?企業が競争力を向上させる努力が前提でないと意味がないと思います。

また、産学連携が少ない事を問題視していますが、大学の先生が論文の数で評価されている事、教育者としての時間が多くかかるので共同研究ができない事、などを抜きに議論されています。産学連携が進まない背景にある仕組みに関する議論がされることに期待したいと思います。

危機感だけでは解決できない

様々な記事で色々な問題が議論されています。高学歴やアジャイル開発の記事では、危機感をあおるだけで、解決策に至っていません。それは、問題点が整理されていないからではないでしょうか?

アジャイルへの取り組みが遅れている事は事実でも、それどのような問題であるかのきちんとした議論なしに、導入する事は危険です。高学歴を求めた結果が就職難につながっている様に、 多くの人が良いとする事を進めていった結果が、不幸な結果を招くかもしれないからです。

本当にアジャイルが必要なら、そう思う人がアジャイル開発の仕事を取ってくれば良いだけです。会社を起こすよりは簡単ですし、転職するよりも安全でしょう。それができないのは、そういう仕事がないか、そういう仕事を見つけられないからか、ビジネスにならないからです。もし仕事がないなら、転職率が高くなり、産学連携が進んでも、アジャイル開発は普及しないでしょう。

不景気が続く中で企業が守りに入り、挑戦的な開発が少なくなっていることが原因の一つではないでしょうか?まずは、挑戦し、その成功を通して、アジャイル開発が増えるのが本来の形だと思います。

挑戦を始める一つの方法は、チケット駆動開発です。その問題の一部はすでに定義されていて、論文に引用可能です。それが、ソフトウェア工学の憂いに対する私の回答です。

挑戦の道具としてのチケット駆動開発について、デブサミ2013で発表する予定です。ご興味のある方はぜひご参加ください。


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