2008/01/02

イエス・キリストの始まり

あけましておめでとうございます。
今日(もう昨日ですが)は神の母聖マリアの祭日です。今年は深夜のミサがなかったので、朝のミサに行く予定でしたが、起きられませんでした。目覚ましはきちんとセットし、その時間にも目が覚めたのですが、いわゆる二度寝をしてしまいました(新年早々何をしてるんでしょうね、、、)。

Saiin せめてお祈りだけでもと言うことで、「毎日がGratia」にも紹介されていた西院教会に出かけました。落ち着いた雰囲気の御聖堂を独り占めでお祈りをして、「聖書と典礼」を頂いて帰りました。

たまにゆっくりと読むのも良いものですね(と負け惜しみ)。今日の「聖書と典礼」にA年の文字のないことに気付きました。主日(日曜)のミサと主なミサはA,B,Cの3年で福音書の主要部分を読むのですが、今日の福音は必ず読まれる部分なのですね。

その理由は、最後の見開きにありました。今日は新年だから祝うのではなくて、クリスマスから8日目を祝うのです。福音にこうあります。

八日たって割礼の日を迎えたとき、幼子はイエスと名付けられた。これは、胎内に宿る前に天使から示された名である。(ルカ2・21)

割礼は「神の民」の一員となるために定められた神さまとの約束でした。イエスさまは割礼を受けて神の民の一員となるとともに、「イエス」(神は救う)と名付けられ、救い主としての歩みを始められたのです。 

ミサには出られませんでしたが、新年の恵みを頂いて家路につきました。途中で菓子職人に寄ってロールケーキを買いました。結構おいしかったです。

(聖書の引用は日本聖書協会 新共同訳)

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2007/06/28

カトリック新潟教会と異人池

Niigata カトリック新潟教会は、信濃川を挟んで新潟駅の反対側に位置します。空にそびえる双塔をもつ聖堂はロマネスクとルネッサンスの折衷様式による木造のめずらしい建物です。

聖堂内にはいって、思わず息が止まりそうになりました。白い聖堂内に前方にあるイタリア製のステンドグラスが映えてとてもきれいでした。21もあるのステンドグラスには聖人や秘跡などが描かれています。跪き台のついた椅子も数多く並び、今も使われているようでした。

Niigata3 教会周辺を歩いていると、むかし教会のそばにあった偉人池の説明がありました。当時は砂丘だったそうですが、外国からやってこられた神父さまが井戸を掘ると、水が勢い良く噴き出してなんと大きな池になったそうです(当時の神父さまたちは、水道のない砂丘に教会を建て、井戸まで掘られたのですね)。Niigata4 その池は異人池と呼ばれ、冬には氷が張ってスケートもできたそうです。今では池はなくなってしまい、普通の住宅街になっていますが、当時の人たちはあまりの変化にさぞや驚かれたでしょうね。

Niigata2 少し離れた所には、日本海タワー(リンク先はgoo)がありました。ここは、新潟市水道局の水道配水池の建物の上に25分で一周する展望台を作ったものです。天気もよく、教会や佐渡島を見ることができました。

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2007/06/27

守護の天使 カトリック花園教会

Hanazono6 火曜日から新潟に来ています。2回に分けて教会めぐりを書きます。
まずは、カトリック花園教会です。カトリックでは守護聖人の名前が教会につけられています。洗礼名と同じで聖ミカエルなどの天使の名前をいただいた教会もあります。たいていは、一人の聖人なので、所属教会日本26聖人などは非常に贅沢だと思いました。Hanazono5しかし、守護(の)天使というとすべての天使に相当するので、もしかすると世界一の数になるかもしれません。ちなみに、Wikipediaによると「守護天使(しゅごてんし)とは一人一人についていて守り導く天使のこと」とされています。

Hanazono4カトリック花園教会は、新潟駅を出たらすぐに東に7分、高架道路を超えたところにあります。聖ラファエル幼稚園と同じ敷地にあります。ホームページには平日の朝ミサが書かれていますが、残念ながらありませんでした(このパターンは2回目です)。

Hanazono3しかたないので、外から見ていると角に大天使ラファエルらしき像があるほか、幼稚園の門にレリーフ、2階にはステンドグラスがありました。 子供達も天使に見守られているのでしょうね。

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2007/06/10

ちょっと教会めぐり - 松山編 -

愛媛県松山市に行ってきました。松山はドミニコ会の方が布教に尽力された土地のようです。

Dogo 最初に訪れたのはカトリック道後教会です。空港からリムジンバスで南町・県民文化会館前降り、文化会館の東側の道を北上して少し歩くと左手の建物のうえに隣の道後聖母幼稚園のマリア像が見えてきます。マリアさまを目印に左に曲がると、教会が見えてきます。

ゴシック調の教会に入ると、明るく温かな空間が広がります。正面のイエスさまの左右には聖母子・父子像、さらにその外側には2体の天使像があります。そして祭壇の手前には聖ドミニコと思しき聖像が置かれていました。

Marie_2 ホームページも紹介されているステンドグラスは、多くのことを語っているようです。「道後カトリック教会ステンドグラス」という冊子を購入して、ステンドグラスを眺めていると、聖書を読めない人のために古くからステンドグラスが用いられてきたことを思い出しました。

道後教会と聖母幼稚園は同じ敷地にあります。この暖かな教会の中で、子供たちはお祈りをしているのでしょうね。

Matuyama 翌朝は仕事の前にカトリック松江教会に聖体訪問しました。近代的な建物の中に入ると、近代的ながらもやさしい雰囲気の御聖堂が広がります。十字架のイエスさまの左にヨセフさま、右にマリアさまはお約束ですね(昔は左の席をヨセフ座と言って男性が座り、右の席をマリア座と言って女性が座ったそうです。不足すると後ろの方から詰めていったそうです)。そして右には立派な洗礼盆がありました。

お御堂後方には16聖殉教者の像(絵)が掲げられていました。16聖殉教者は「聖トマス西と15殉教者」と呼ばれる16名です。以下のような説明が書かれていました。

16名の殉教者はドミニコ会関係の司祭修道者、信徒で1633年から1637年の間長崎で殉教されました。その中の9名は日本人で、一人はフィリピン人、4人はスペイン人、一人はイタリア人、一人はフランス人。
彼らは1987年に列聖されました。宣教の熱意のあらわれ、日本の教会の誇りであります。
殉教者の模範に学び、その精神を生かしながら、神さまを賛美しましょう。

今回訪れた教会は平日ミサが夕方にあるのでミサには与れず、ちょっと残念でした。しかし仕事の合間に、聖体訪問という幸せなひとときをすごすことができました。皆さんもどこかに出かけられたら、教会を訪れてみてください(いつも読ませていただいているないとさんも、最近は色々と訪れておられるようです)。

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2007/03/17

十字架の道行 at 大阪カテドラル(玉造教会)

カトリック玉造教会では毎週金曜日の夜7時からミサが捧げられます。職場から少し遠回りをすると立ち寄れるので、仕事が速く終わったときはミサに与っています。

今は四旬節なので、ミサ前のロザリオの祈りの代わりに十字架の道行きの信心だろうと少し早めに行くと、ロザリオの祈りはなく、ミサの変わりに十字架の道行でした。

玉造教会では、今年からカトリオーナ・デイヴィッスン著「主とともに<十字架の道行の黙想>」ドン・ボスコ(リンク先はサンパウロ)を使って解説を読むことになったようです。十字架の巡礼にあわせて、各留に一人ずつ信者が前立ち、マイクで朗読し、主の祈りを唱えます。

30分も前に着いてしまい、人もほとんどおられませんでした。すると、所属教会でもないのに朗読を頼まれてしまいました。担当させていただいたのは「第6留ヴェロニカがイエスの御顔を拭く-勇気」でした。

十字架の道行が始まると、最初に、十字架の道行きはイエスがどのような目にあったかを思い起こして、イエスとともに十字架にかかるだけではない。その理由を思うことが大事だと言うお話をされました。

私が担当した第6留は、イエスを見捨てた人々を押し分けてイエスの顔を拭いたことから、「恐れずに正しいことをする」という解説です。長いものに巻かれるのではなく、誰かが辱められた時には、正しいことのために立ち上げるべきだと言うお話です。

このお話のなかで、ハッとさせられる言葉がありました。

偏見や差別意識を持って問題発言をくりかえす人は、少なくとも自分の考えに忠実ではあります。私たちも、自分の信じることに忠実になるべきなのです。

私たちは、物事をなにかと善と悪に分けがちです。しかし、悪者と思える人は思い違いや間違いをしているかもしれませんが、正直な人でもあるのです。反面、私たちが悪い事をしていなくても、良いことをしていないなら正直ではないのです。

通常の14留がおわり、正面で第15留の解説が読まれました。14留を振り返って、イエスのよみがえりのように、私たちも新たな人生を歓迎しました。解説では、イエスが多大な苦しみを担われた理由が述べられました。

それは、私たちに新たな命を得る機会を与え、ご自身の死に打ち勝つ力を証するためだったのです。

解説の最後にはこう書かれていました。

目を開けて自分の周りを見渡し、そこにあるものすべてに喜びを見いだし、他者に心を向けて新しいスタートをきりましょう。

大阪カテドラルの十字架の道行きはレリーフも立派(リンク先はHoly Ring)で、広い聖堂内を大勢でぞろぞろ巡る様子はまるで巡礼のようでした。

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2007/03/08

蟻の街のマリア聖堂 - カトリック潮見教会 -

Shiomi 出張が早く終わったので、カトリック潮見教会(カトリック東京大司教区の紹介)に聖体訪問してきました。

東京駅の長い乗換えに耐えてJR京葉線の潮見駅を降りて5分ほどのところ、上に十字の描かれたカトリック中央協議会の黒いビルの隣に潮見教会はあります。

Satoko 敷地の中を見渡すと、石碑の横に北原怜子さんの像が「蟻の街のマリア」と名づけられた聖堂の入り口を見守るようにたたずんでいます。足元には

われは主のつかいめなり、仰せの如くわれになれかし エリザベト怜子

と書かれています。これは、お告げの祈りにもなっている受胎告知の際の聖母マリアのことば(ルカ1・38)です。神の道具として生き抜いた北原怜子さんにふさわしい言葉ですね。

Cross 入って正面左に蟻の街の教会の十字架がありました。どこにでもありそうな材質、左右が不ぞろいでいかにもありあわせで作ったのような十字架です。でもこの十字架が、蟻の街の人たちに大きな恵みを与えたのだとおもうと、十字架に跪きたくなりました。

聖堂内(紹介ページ:リンク先は「カトリック報恩寺教会へようこそ」)は広くてゆったりとしています。左側には立派なピエタ像があり、聖母マリアが亡くなったイエスさまを抱いています。傍に聖ヤコブと思しき男性が立っていました。そして、後ろには路上生活者のための募金箱がありました。

壁にかけられた十字架の道行きのレリーフには北原怜子さんの姿も彫り込まれているそうですが、すっかり失念していました。いつか潮見教会でミサに与った際には、確認したいと思います。

帰りに玄関の十字架の横にある蟻の町の紹介を見ていて気づくことがありました。伝記を読む分には、移転が決まり、北原怜子さんが亡くなっておしまいでした。しかし、その後も蟻の街は移転し、教会を建て、新蟻の街の人々には様々な生活が続いていたんですね。

北原怜子さんは若くして亡くなられましたが、その意思は引き継がれて永遠のものとなりました。Wikipediaによると北原怜子さんを福者・聖人に叙しようという動きもあるそうです。

Jesus 帰りに隣のカトリック中央協議会のビルを見ると、復活されたイエスさまが見下ろされていました。

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2006/11/27

カトリック夙川教会

Syukugawa 会社のお休みを利用して阪急電車夙川駅から5分ほどの場所にあるカトリック夙川教会に行ってきました。

カトリック夙川教会は1921年に阪神間初のカトリック教会です。遠藤周作(1923-1996)さんが12才で洗礼を受けた教会です。聖堂は1932年(約75年前)に建てられたので、建てられて3年ほどの聖堂で洗礼を受けられたことになります。

聖堂はヨーロッパの教会のような外観ながら、中に入ると落ち着いた感じがします(リンク先はHPLY RING)。臨時のカテドラルが置かれたこともあるそうですが、東京や大阪のような広さを感じる聖堂ではなくて、同じようにカテドラルが置かれたこともある神田教会にような温かみを感じる聖堂です。

聖堂では毎年、バロックのコンサートが行われています。NHKでも放送されていましたので、だいたいの様子は知っていましたが、広い内陣(祭壇のあるところ)と、その奥にある十字架のイエス様が外光に照らされて印象的でした。

Mass_2 ミサに与るつもりで金曜日にお邪魔しましたが、Webが更新されていなかったようで空振りでした。その代わり、私に洗礼を授けてくださった神父様とお話をすることができました。お会いするまでは、色々な思いでいっぱいでしたが、お会いすると世間話しかできませんでした。そんなものですよね。しかし、元気そうなご様子と縞柄のクッションにほっとしました。

Kouza_1 この神父様には大変お世話になりました。9月までの勉強会の記録は、毎週教えていただいたもので、私の宝物です。キリスト教の要点をわかりやすく教えてくださいますので、お勧めです。

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2006/11/12

不正な管理人のたとえ - カトリック玉造教会 -

最近お休みだったり、忙しかったりで入門講座に行けなかったので、ちょっとガス欠気味でした。そこで、カトリック玉造教会の金曜夜7時にあるミサに与りました。夜型の私にとって、平日朝のミサはなかなか難しいものがありますが、夜7時なら仕事が少し早く切り上げられば、何とか間に合います。

金曜の夜のミサは、大聖堂の左前方角の小聖堂であります。小聖堂と言っても200席ぐらいはあり、小聖堂だけで一つの教会並です。左手にはフランシスコ・ザビエルを描いた大きなステンドグラスがありますが、夜なのであまりよく見えませんでしたが、帰りに外から見ると中の明かりできれいでした(リンク先はHOLY RING)。

小聖堂のすべての席には、折りたたみ式の跪き台があります。イグナチオ教会のように全員が跪くのでもなく、赤羽教会のように跪く人がそろって跪くのでもなく、聖変化のときだけ跪く人や、ずっと跪くひとなど、それぞれの思いのままに跪く様子が大阪的で良かったです。

金曜日の夜なので土曜日のミサになるのかと思っていたのですが、朗読は金曜日のミサの「不正な管理人のたとえ」の前半(ルカ16・1-8)でした。このお話はなかなか難解です。平日のミサでは、教会によっては神父様がコメントされることもありますが、今回はありませんでした。これは、なんとしても自分なりに理解しなければなりません。

このお話は、主人の財産を無駄遣いしていた管理人が、主人にばれたことから

管理の仕事をやめさせられても、自分を家に迎えてくれるような者たちを作ればいいのだ

と考えて、主人の借金をしている人の証文の金額を少なく書き直させます。これを知った主人は

この不正な管理人の抜け目のないやり方をほめた。この世の子らは、自分の仲間に対して、光の子らよりも賢くふるまっている。

インターネットで見ていると、難しいお話として紹介されています。しかも、色々な解釈がありました。

  • 最後の一節から「危機感を持って生きよ」
  • ザアカイ、放蕩息子などが示す神の姿から、富に執着しなくなったときにすくわれる
  • 主人は神なので恵みをたくさん受けてさらに他人のために生きる、仲間、共同体を大切にしましょう
  • 私たちの奉仕や献金も聖なる神の前では不正であり「不正にまみれた富で友達を作りなさい、ミサに主体的に参加しなさい」と言われている
  • 「人が人をゆるし、人と人とが友として和解すること」を勧めている

それぞれ納得させられたり、考えさせられたりした。私はこれらを読んでいて、外国のお金持ちが急に社会貢献する様子を思い出しました。欧米の人たちは、キリストの教えが深層心理に埋め込まれていて、会社を興し、どんどん大きくしてお金持ちになり、人々から疎ましがられると、急に寄付をしだすお金持ちです。(神に比べると)不正な富をためることが急に怖くなるのでしょうね。

そして最後に思ったのは、いずれにせよ人は罪を犯さずには生きていけないと思いました。せめて意識して犯す大罪を避け、なるべく良く生きて最後の審判で赦していただけそうな小罪(意識していない罪)程度で済むように生きていきたいです。そのためには、自分のことだけでなく、周囲の人にも気をかけるような生き方が必要なのだと思いました。

(聖書の引用は日本聖書協会 新共同訳)

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2006/11/05

湖畔の聖母 カトリック大津教会

Ohtsu 3日は初金曜日(リンク先は司教の日記)だったので、ミサを捧げようと計画を練りました。所属教会で初金を捧げたこともないのですが、普段は行けないカトリック大津教会に行くことにしました。

Massカトリック大津教会は、主日ミサは9時からなので、私のところから行くはなかなか難しいのですが、金曜日のミサは10時からなので少し頑張れば間に合います。

ここのところ疲れていたので、寝坊したら所属教会の初金と決めていたのですが、無事に起床、というか仕事に出かける妻に起こされて、予定通り大津教会に向かいました。

大津教会はJR(または京阪)膳所駅から歩いて5分程度のところにあります。このあたりは大阪・京都に通う方も多く、JR京都駅から15分程度でたどり着きます。JR膳所駅の手前の琵琶湖(北)側にきれいに光る青い瓦が見えますが、そこが大津教会です。駅を出て京阪の踏切を越えて三叉路を左に行くと、教会への近道となる階段が現れます。

ミサを捧げるつもりでしたが、なぜかお休みでした(残念!)。教会の方に恐縮されながら、お祈りをさせていただきました。親切に対応していただいた上に、パンフレット代わりに絵葉書まで頂きました。

この絵葉書の下には「カトリック大津教会は1940年、故バーン司教によって献堂されました」と書いてありました。バーン司教はカトリック高野教会の初代司祭で、戦時中に幽閉、強制送還、戦後には国内で尽力されたあと、韓国で、共産軍に捕らえられ殉教された方です(カトリック高野教会の訪問記に少し詳しく書いています)。

聖堂内は明るく奥行きがあります(リンク先はHoly Ring)。300人以上は余裕で入れそうな各席には跪き台があり、私の所属教会にはなくなってしまった跪き台を使って、久しぶりにお祈りをしました。人前で跪くのはちょっと恥ずかしいですが、聖堂が貸切状態でしたので、ゆっくりと跪けました。ミサは捧げられませんでしたが、これもお恵みなのでしょう。

聖堂中央にはリアルな磔のイエス様の十字架、左に聖ヨセフ像、右には聖母マリア像があります。よくみていると、どの像も少し面長の精悍な顔立ちです。ちょっと気になってこれらの3つの聖像と、高野教会の十字架聖ヨセフ・聖母マリア像と比べてみるとそっくりでした。神父さまや宣教会の考えが反映されているのでしょうね(この段落のリンク先はHoly Ring)。

Bernadette そうそう忘れてはいけないのが、ルルド前の聖ベルナデッタです。普通に小さいルルドのまえに、何かあると思って回ってみると立派な聖ベルナデッタ像でした。聖ベルナデッタと共にお祈りできるようになっているのでしょうね。

Googleマップで少し縮小すると琵琶湖が見えるので、近くのなぎさ公園を散策しました(京都教区時報2000年4月号に載っている教会の生い立ちよると、昔は聖堂の位置から琵琶湖の水面を完全に見渡せたそうです)。湖畔にはヨットや観光船も見え、のんびりとしたひと時を過ごしました。そのあと、浮城の県立琵琶湖文化館の前を通って大津駅に抜けましたが、長い上り坂なので膳所に戻ったほうが楽だったと思います。

Biwako_1

滋賀県はキリシタン時代にセミナリオ(神学校)のあった所で、キリスト教との関係の深い土地です。戦前から琵琶湖畔にあり、人々の心のよりどころであった大津教会をたずねて、そんな歴史を思い出しました。

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2006/10/24

不幸も恵みに - カトリック長岡教会 -

日曜日はカトリック長岡教会で共同祭儀を捧げました。

実は寝坊をしてしまいました。朝起きたらいつもは電車を降りて教会に向かっている時刻でした。福音朗読にも間に合いそうにありませんでした。風邪だったので、前日は早く寝るつもりでしたが、寝付けないのでブログを書いていたら余計に遅くなってしまったのです。

ミサはもうやめようかと思いましたが、何事も恵みだと考えようと思いなおし、「カトリック教会・情報ハンドブック」を広げてみました。そこで見つけたのが長岡教会でした。すこし遅めの11時からなので、それからでも余裕で間に合いました。

聖堂内に靴を脱いであがると、2階まで吹き抜けていて聖堂内は明るく開放的でした(リンク先はHoly Ring、写真あり)。100席ほどの広さながら小さい子供さん用に親子礼拝室もありました。

聖堂内の右手には信徒の方が作られた聖歌番号を示す電光掲示板と、木彫りの優しいマリア様(ちょっと和風)、そして正面にはぐったりとした磔のイエスさまの十字架がありました。中ほどに座りながらきょろきょろしていると、おじさんは少ないので目立つのか「初めてですか?」と声をかけていただきました。なんだか家庭的な雰囲気で、なじんでしまいました。

Nagaoka_1声をかけていただいた方に教会の案内と写真入の葉書を頂きました。その中に、聖堂外の十字架の中央に描かれた模様の説明がありました。この模様が結構不思議で、万博公園の太陽の塔のデザインのようにも見えます。実はこれは、カトリックの教義をあらわしています(以下、案内より引用)。

聖霊の炎(赤い炎)が全世界の教会(金色の楕円形)に注がれ(金色の3本の線)復活のキリスト(XP)の救いの恵みがすべての人々に及び、最後の審判(金色のはかり)をへて神の国の完成にいたるのです。

これらのすべての恵みの源は、キリストの十字架上の犠牲死(下のシンボリックな十字架)であり、その十字架のかたわらに聖母マリア(緑色の像)をはじめ弟子や婦人(紫の像)がかこみ、それぞれの役割を象徴しています。

一番下は魚でイクトウス(ギリシャ語)つまり神の御子・救い主イエス・キリストをあらわしています。

そういえば、コンピュータ関係の用語でXP(リンク先はWikipedia)とつけられたものが最近多いのですが、救い主という意味もあったんですね。なるほど。

長岡京市は、平安京に都が移る前に平城京から遷都されていた長岡京のあったところです。また、先日のNHK「その時時代が動いた」で紹介された細川ガラシャ(リンク先はCUMC1972の広場)が嫁いだ勝龍寺城のあったところです。勝龍寺城公園につながる道はガラシャ通りと名づけられ、11月のガラシャ祭りでは行列が巡行します。

明智光秀の娘であった細川ガラシャ(玉)は本能寺の変のあと、幽閉され外にも出られませんでした。しかも、夫は側室を持つなど、耐え難い運命をたどります。そのような中で、ガラシャはキリスト教に出会い、前向きに生きました。

NHKの「その時時代が動いた」では「神はいかなるときも愛と慈悲の心で人々を見守っている」とキリスト教が説明されていました。細川ガラシャにとって、とんでもない不幸でしたが、その不幸もキリスト教によって恵みとなったのでした。

そんな長岡の地で、私の寝坊もこの日は恵みとなりました。(^_^;

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2006/10/09

落ちそうなサンダルと蜘蛛の糸

カトリック吹田教会の聖堂内右側には絶えざる御助けの聖母がありました。このイコンに描かれたイエスさまのサンダルは紐一本で繋がれて、今にも落ちかけています。

レデンプトール会の説明によると、この落ちそうなサンダルは、

かろうじてイエスの足にぶら下がっているサンダルは、私たちの魂の象徴です。これはたった一本の紐でもよいから、キリストにつながれていれば必ず救われるということを表しています。

と説明されています。これを読んで、なんとなく芥川龍之介の「蜘蛛の糸」(リンク先は青空文庫)を思い出しました。

「蜘蛛の糸」はお釈迦さまが、地獄に落ちた泥棒を救おうとされるお話です。極悪な泥棒でしたが、一度だけ蜘蛛の命を助けた事がありました。このことを思い出されたお釈迦様が蜘蛛の糸で泥棒を助けてやろうとします。蜘蛛の糸でこの泥棒が逃げ出そうとすると、下から他の悪人たちが同じように上ってきます。泥棒は、これに気づいて、この糸は俺のものだから他の罪人は降りるように叫ぶと、糸がぷつりと切れました。

善い行いをした人であっても、自分だけが救われれば良いという業(ごう)にとらわれた考えを持っていると救われない。人としてどうあるべきかを考えさせる作品です。

その目指すところはキリスト教とよく似ていますね。しかし、よく読むとキリスト教では考えにくいところがあります。一つは信仰義認(リンク先はWikipedia)でないこと。もちろん、善い行いは重要ですが、そこには信仰が必要です。罪を痛悔し、心を改めて、神を信じて、祈ることが必要です。「子供のように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない。」(ルカ18・17)のです。

また、一生の中の思ったことがあるのではなく、最期の瞬間に良い心でなければいけません。罪を重ねるのではなく、日々の罪をゆるしていただきながら、その時を待つのです。「気をつけて、目を覚ましていなさい。その時がいつなのか、あなたがたには分からないからである。」(マルコ13・33) と言われています。

最後に、蜘蛛の糸は切れましたが、人と神さまとのつながりは切れません。人が切ったと思っていても、実は抱きかかえられている。そんな「足跡」(リンク先はMAGIS)のような優しさをキリスト教に感じています。

とはいうものの、遠藤周作の「深い河」にあるように、他の宗教の中にも神の姿を見ることもあります。ただ、私を、やさしく、強く、いつであろうと抱きしめて下さるのは、イエス・キリストだと思っています。

(聖書の引用は日本聖書協会 新共同訳)

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2006/10/08

フォークミサ - カトリック吹田教会 -

Suita 今日は吹田教会でフォークミサを捧げてきました。建てられて2年にもならない聖堂内は、すっきりした外観からは想像できない木のぬくもりと、やさしい光に包まれていました。内部の様子などは写真で見る吹田教会(下のほうをクリックしてください)をご覧ください。

Suitacross フォークミサは、確かにフォークでした。ギターに合わせてカナダのゴスペル(歌詞は日本語)のほか、主の祈りも歌いました(主の祈りは歌詞が口語訳だったので、ちょっと戸惑いました)。大まかに言うと、所属教会の「子供と共に捧げるミサ」の大人版ギター生演奏付きといった感じでした。

聖体拝領の歌を歌い終わったあとのエレクトーンとギターの伴奏は、なかなか良い雰囲気でした。フォークミサもなかなか良いものですね。

Suitamarie 今日の福音朗読は「離縁について教える/子供を祝福する」(マルコ10・2-16)でした。聖書の分かち合いで読んだところでした。お説教はシンプルかつユーモアにあふれたもので、男の骨から女が作られたと言うことは、男と女も同じと言うこと。お相撲さんにおっぱいがあるのはなぜ?と聞いた子供がいたが、男も女も同じ人間で使うかどうかが違うだけ。

色々と深く考えたりもした朗読箇所でしたが、すっきりと暖かい気持ちになりました。

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2006/09/24

運命を受け止めてアイデンティティを得る - カトリック茨木教会 -

今日は朝からバタバタすることがわかっていたので、昨日の夕方にお隣の教会でミサを捧げました。ここ数日、1年を振り返って何を囲うかと思っていたら、ミサの最初に神父様(兼任で所属教会の主任司祭でもあります)のお言葉が、タイトルの言葉でした。

キリストはその運命を受け入れて、神のアイデンティティを得ました。皆さんも、目の前にある運命を受け止めて、アイデンティティを得ましょう。

アイデンティティ、日本人にはあまりなじみのない言葉です。エキサイトの大辞林 第二版 (三省堂)によると

ある人・物が他の人・物と異なってもっている独自性。同一性。

とされています。また、福音朗読「再び自分の死と復活を予告する/いちばん偉い者」(マルコ9・30-37)のあと、「いちばん先になりたい者は、すべての人の後になり、すべての人に仕える者になりなさい。」という言葉を受けて、こういわれました(かなり要約)。

人に見せる必要はなく、自分の道を歩むため、キリストを信じるものとしてすべきことをしましょう。

人生には色々なことがあります。それを受け止めること、努力すること。人の認めてもらうためでなく、自分のためでもなく、自分がそうあるために行動する。そういう生き方を考えさせられました。

このお話を聴いてむかし見た「聖衣(Robe)」に出てきた足の不自由な女性を思い出しました。足が不自由なことを悲しまず、「足が悪くても幸せであることが示せる」と前向きに生きた女性です。色々な難しいこと、悲しいことがあっても、そのことを前向きに捉え、その経験があるからこそできる「自分だけの何か」を見つけたいと思います。

久しぶりに行った茨木教会(リンク先はHOLYRING)では、洗礼を受けてからはじめてミサを捧げました。所属教会と同じく両形態(両形式)でしたが、ホスチアがちょっと変わっていました。所属教会は白くて、えびの入っていない海老満月をやわらかくしたようなホスチアですが、茨木教会は、すこし褐色が入っていて、十字の形に膨らみがある少し硬めの香ばしいホスチアでした。福岡や東京ではこのホスチアが多いように思いますが、同じ教区でいただけるとは思いませんでした。

茨木教会は、横に広い御聖堂なので説教台の前の列に座ると、神父様のすぐ近くでお説教を聴くことができます。目の前で「受け止める」と言われ、洗礼名をヨセフにしたことを思い出し(関口教会の受けとめるヨセフ像)、気持ちを新たにすることができました。

ミサの時間が少し変わっていたので、講座の案内と共に写真を撮っておきました。
Ibarakia Ibarakib

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2006/09/05

おやじの会の魅力 - カトリック高円寺教会 -

luke8488さんに「来ちゃうのがすごい」というようなことを言われました。言われてみると、何でなんでしょうね。たまたま出張が入ったとはいえ、2回も行ってしまうのは、、、

たぶん、そこでしか得られない何かがあるのでしょうね。よっちゃんの焼いてくださったホワイト餃子?確かに、とってもおいしかったです(ごちそうさまm(_._)m)。でも、食べ物だけではないでしょう。

晴佐久神父のミサ?確かにすばらしく、心に響くお説教です。でも、それだったらホテルに泊まって、ミサにだけ出ればよいことです。

やっぱり、おやじの会に魅力があるのです。それはやっぱり、ただの飲み会だからです。

ただの飲み会というと、仲間があつまって、好きなものを食べ、好きなを飲む。わいわい好きなことを言う。心のガードをはずして思いを話す。でもダメなことはダメという。なんだかんだ話しているうちに、お互いの心の中の何かが響きあう。

所属教会の神父さまと飲んだことがありますか?教会のパーティでならあります。でも、信徒と神父様です。入門講座で何気なく話されるときのほうが心を開かれているような、そんな感じさえあります。

同好会?確かに同じような考えを持った人の集まりですが、そんな話ばかりではありません。

でも、同じ神を愛している、何も気にせず飲んでいるだけで、落ち着くのです。年齢差も忘れ、上下関係も忘れ、ただひたすら飲んで話すのです。イエス様と弟子たちもこんなひと時を持っていたのでしょう。お互いに心を開いているからこそ響きあう、そんな気がします。

よくわからないのですが、そこには、神様にすべてをゆだねたときのような安らぎがあるのです。好きなことで集まって心を開きあう、そこに安らぎにつながる何かがあるような気がします。

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2006/09/04

高円寺教会で聞いた神の声

Koenji 半年ぶりにカトリック高円寺教会にうかがいました。たまたま第一土曜日に出張が入ったので、「おやじの会」に参加させていただいき、翌日にミサを捧げました。

前回おじゃました際は、初めてでもあること、また、なんとなく神様の声を聞いてしまう気がして、近くのビジネスホテルに泊まりましたが、今回は何も考えずに司祭館に泊めていただきました。

眠れなかったので、もし神様の声が聞こえたら「私はここにおります」だったっけ「聞いております」だったかとか、意味もなく考えていました。まあ、私なんかに聞こえるわけはないのですけど、、、。ちなみに正解は「どうぞお話しください。僕(しもべ)は聞いております。」(サムエル上3・10)です。

もちろん、何もなく朝を迎えました。やっぱり何もなかったと思うと安心したような、さびしいような気持ちでした。すると、外からは虫の声が聞こえてきました。ああ、こんな優しく静かなひと時は久しぶりだと思っていると、鳥のさえずりも聞こえました。こんな風に自然を感じるのも神様の恵みなのだろうと思っていると、急に風が吹きました。窓の外に植えられた木の枝が風を受け流すようにゆっくりとしなり、大きな弧を描いて元に戻りました。

前夜おやじの会では、高円寺のみなさんに教会のイベントで何が好きかをたずねてみました。所属教会で、何かやりたいと考えていたからです。みなさんの答えは、復活徹夜祭とクリスマスでした。ミサ以外ではLive Voiceだそうです。いずれにしても信仰に裏づけされた活動であるとのこと。そしてその言葉の後には、「でも」とか「大変」という言葉はつかなかったのが印象的でした。信仰に裏打ちされて、それが喜びであること、それが、答えなのでしょうね。

ミサの福音朗読は「昔の人の言い伝え」(マルコ7・1-23) でした。イエス様が見た目の律法主義を否定し、「悪はみな中から出て来て、人を汚すのである」と、姦淫、貪欲、悪意、詐欺、好色、ねたみ、悪口、傲慢、無分別など人の心の問題を指摘されたお話です。

お説教は神父様の反省の言葉から始まりました。これまで、何とか良くなるように、期待に答えたい、頑張ろう、私がやらないと、と忙しく働いてこられて、8月にフランスと無人島に行っておられたそうです。一ヶ月で体調も万全になられたようですが、それはこれまでの無理を感じさせる期間でもあったようです。

私たちも、日ごろの生活の中で、色々と苦労し、悩み、もがいていますが、それは外面を気にしているからではないのか、無理をしているのではないかという問いかけに、その少し前に見た、風を受け流す枝を思い出していました。

教会のこと、仕事のこと、家庭のこと、何も無理をする必要はない。すべてを受け止め、心に静かに問いかけながら、歩んでいけば良いということを教えられたような気がします。

さて、おやじの会での晴佐久神父のお話で心に残ったのは、典礼のやり方でなく、心が大事と言われたことでした。私は、所属教会では人に指示するでもなく好きにさせてもらって、よその教会では、みんなで捧げるのだからと周りに合わせてひざまづいたりしています。でも、そんな形よりも、どれだけ心が神様を向いているかを問われていたと思います。

今日のミサでは隣に女性の方が座られました。ミサの前に、大きさの違う「聖書と典礼」を見せられ「これは同じ内容ですか?」と聞かれました。基本的な質問に、てっきり未信者の方だと思いました。戸惑っておられたので、典礼聖歌のページ(ミサ曲の207-209のあたり)や、典礼聖歌の裏表紙に貼られた使徒信条の場所など、それなりに教えて差し上げました。

いよいよ、聖体拝領のとき「祝福の受け方はご存知ですか?」とたずねると、「実は信者なんです。あまりミサには出れなくて、、、」との返事、確かに主の祈りとかは普通にされていたので、学校などで経験はあるのかと思っていましたが、少なからずショックを受けました。

まあ、うちの教会でも入門式までミサに出なかった人もおられたし、人それぞれの事情もあるのでしょうね。

でも、その女性、お説教の間に、ウンウンとうなづいておられたのです。あまり経験のないミサで、しっかりと神父様のお話を吸収されていました。その姿を見て誰がとがめられるでしょう。いや、とっても美しい姿だと思いました。

この件で、「所属教会じゃないから」とか、「信者のくせに」と思ったら、ミサの中で心が神様に向くことはなかったでしょう。現状を受け入れて、可能な範囲で求められるものを与えたからこそ、その女性からも幸せを分けていただけ、恵みにあふれたひと時を過ごせました。

この2日間を振り返ると、前回は避けていた神さまの声を聞いたように思います。朝に聞いた虫の泣き声と鳥のさえずりの中で、風を受け流すようにしなった木の枝、それは私にとってまさに神の声だったと思います。

(引用は日本聖書協会 新共同訳)

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2006/08/30

すべては恵み -大分でのできごと-

一家で大分に行ったときのことです。
これで何度目かの久住高原に行く途中、いつものように由布院でバスに乗り換えです。少し時間があるので、少し観光しました。由布院は散策するにも良いとことですが、この日の天気はどんよりとして今にも雨が降りそうな気配でした。

歩いている途中で、ついに大粒の雨が降り出して売店で雨宿り。試飲を勧められた「椎茸茶」を買いながら、お店の人に気になっていた由布教会の場所を聞いてみると、歩いていけるほど近いとのこと。小雨になったのを見計らって教会に向かいました。

あと300mの看板を見つけたころから、また豪雨が始まりました。でも、そこからが坂道で体感ではもっと長い距離に感じるぐらい長く、みんなはびしょ濡れでした。しかも、聖堂は開いていませんでした。

Ooita1 家族はぶーぶーと不満を言いました。特に私とともに成り立てのクリスチャンである妻は「汝、偽証するなかれ」と案内にまで不満そう。そんな中、悲しげに見えるマリア様の写真を撮って帰りました。

久住高原に着くと妻が少し熱を出しました。もともと調子が悪かったようです。雨の中を引きずり回してすまないと思いつつ、その日は眠りました。

Ooita2 翌朝になると妻の熱も下がり、天気は快晴、気分も晴れ晴れです。なんとすばらしい景色でしょう。昨日までの暗い気持ちは何だったのでしょう。

実は今回の旅行はあまり気乗りがしていませんでした。何度かきたところだし、レンタカーでも借りて少しはなれたところにでも行こうかと思っていました。しかし、そんな気持ちなどどこかに行くようなすばらしさでした。

Ooita4 帰りの由布院もすばらしかったです。由布岳がきれいに見えて、日ごろの思い悩んでいることが馬鹿らしいくらいでした。

行くときは期待していなかったんですよね。そこに大雨にたたられ、妻の発熱という「14日の土曜日」(13日の金曜日が終わったら、もっと恐ろしい土曜日が来たという映画)のような追いうちがありました。でも、それがあったこそ、何度も見た風景が美しく、輝いて見えたのでしょう。どんな苦しみも価値観の転換でお恵になるのかもしれません。

雷雨にあっては試練と思い、
晴れ間が見えれば恵みを感じる。
すばらしい夕日を見れば感動できる
すべてはお恵み、偉大な力のなせるわざ。

Ooita2a

<おまけ>
妻の風邪はお腹に来る風邪でした。熱はそれほどでもなかったのですが、結構苦しかったようです。「苦しかった」とか「やせてしまった」とかぼやいていました。

風邪をひどくして立場のない私は、苦し紛れに「やせたのはお恵みだ!」と言ってみました。言ってみるもんですね。何度か言っているうちに、今では本人も「お恵み」と言っています(反省してるんですよ。本当に、、)。

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2006/08/21

カトリック北野・三国教会

Kitano JR大阪駅近く、阪急梅田駅北側の地下鉄中津駅そばという、大きなビルの谷間に、カトリック北野・三国教会があります。もともとは北野教会でしたが、三国教会が整理事業の対象区域内にあったために仮設教会も検討されたようですが、

障害者や高齢者への配慮が困難であったり、近隣住民との軋轢によって福音宣教に障害となる危険性があるような仮設教会には貴重な資金を投入すべきではない

との苦渋の判断から、三国教会が北野教会に合流されました。また、上記ホームページによると、5教会で構成している1ブロックを1小教区にすることも検討されているようです。私の所属教会も主任司祭が兼任になりましたが、大阪教区には変化が求められているようです。

Kitano2 交通量の多いところでもあり、歴史を感じるその外装と対照的に、中に入ると外の喧騒がうそのような静かで優しい祈りの空間が広がります(中の様子はHOLY RINGにある訪問記をご覧ください)。外に出ると、無原罪のマリア様(地球の上で蛇を踏みつけている)の聖像がありました。

Kitano3 この教会で、特筆すべきは自動販売機です。教会の入り口にある自動販売機を何気なく見ているとミサの案内が流れました。飲み物という憩いのひと時を求めた人に、更なる安らぎのひと時を紹介するというアイデアは良いかもしれません。

旧ホームページによるとホスチア(御聖体)は米国からの輸入品でかなり大型のもののようです。次回は、ぜひミサに与りたいと思います。

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2006/08/15

カトリック高宮教会 - 聖母の被昇天 -

Takamiya1西鉄高宮駅の近くにあるカトリック高宮教会でミサを捧げました。

1951年フランシスコ会修道院(神学校)とともに一般信徒(49人)への司牧のために教会が設立されました。このため、当時は神学生と彼らを指導する神父様が多くおられ、フランシスコ会系の司祭を多く育てています。

とホームページにあるとおり、十字架もアシジの聖フランシスコに語りかけたといわれるサン・ダミアーノの十字架です。ミサの前の祈りにも聖フランシスコの平和の祈りがあり、終戦記念日でもある今日にふさわしい祈りをすることができました。

聖堂の前方と左右にアシジの聖フランシスコの生涯と聖書物語のステンドグラスがある明るい教会(リンク先はHOLY RING)でした(教会ホームページには解説があります)。

福音朗読は「マリア、エリサベトを訪ねる」(ルカ1・39-56)でした。「神の母聖マリア」というのはイエスさまを生んだだけではなく、そう信じることで神の母となること。自身を「はしため」と呼ぶマリアさまによって、われわれと神様の壁が取り払われました。

そして、現在の世の中の問題が自分中心の考えによって生じています。欲望、不満、ねたみ、などが戦争やモラルの崩壊をもたらしていて、そのような考えでは永遠の命ではなく死による死しか得ることができません。自分中心ではなく「はしため」として生きる必要があるとのお説教はいろいろと考えさせられました。

高宮教会は地図で見ると、西鉄高宮駅正面の歩道橋につながる道とその北側の道の間にあるように見えます。まあ、何とか行けるだろうと地図も持たずに行くと、どんどん坂道が急になり道に迷ってしまいました。

Takamiya2 教会の周辺は木に覆われていて屋根の十字架がよく見えません(敷地内の無線のアンテナは見えます)。なるべく北側の道を通られたほうがよいでしょう。木の陰から聖像(聖フランシスコでしょうか)がお出迎えしてくれます。

Takamiya3 近くに福岡司教区が経営する高宮カトリック幼稚園がありました。外から見える聖母子像には「よいこのともだちイエズスさま、よいこのかあさまマリアさま」と書かれています。ほっとするような言葉ですね。 マーガレットF.パワーズのあしあとの詩(リンク先はMAGIS)を思い出しました。

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2006/08/14

浄水通教会・大名町教会 - コルベ神父 -

Josui 九州に滞在しています。今朝は、浄水通教会でミサを捧げてきました。

ステンドグラスのきれいな聖堂で、朝のミサを捧げていると、右側のステンドグラスから朝日が射し込んできました(聖堂内の様子:「福岡の教会」上段中央)。今日は聖マキシミリアノ・マリア・コルベ司祭殉教者(リンク先はLaudate)、あの有名なコルベ神父が殉教された日です。Josui_mass

雑誌「聖母の騎士」を創刊されたコルベ神父は長崎で神父をされていましたが、祖国ポーランドに戻られたあと、ナチスにアウシュビッツ強制収容所に入れられます。脱走者の共同責任を同じ棟の10人が取らされようとしたとき、そのうちの一人が妻と子供を理由に処刑を拒みました。そのとき、「私は神父なので、妻も子供もいない」身代わりになられました。餓死刑でしたが、コルベ神父は2週間経ってもなくならず、毒の注射によって8月14日に亡くなられました。

福音朗読(マタイ17・22-27)の前半は「再び自分の死と復活を予告する」でした。キリストが受難と復活を予告されました。お説教では、キリストは義務ではなく人々のために亡くなられた、コルベ神父も義務ではなく自ら進んで亡くなられた、義務を超えた行動こそ大事、と言われていました。

義務感で生きていると最初は燃えていても、徐々につらくなり、人間