2006/03/05

心貧しき人は幸いである - おやじの会 -

高円寺教会の「おやじの会」に参加しました。「luke8488」さんと「よっちゃん」さんにお誘いいただいたときは、当分行く機会がないと思っていましたが、運良く出張があったので、参加させていただきました。

ぶっちゃけ、ただの飲み会です。名前は「おやじの会」ですが、20代前半から40台までいろいろな方が集まっています。教会でやっているとはいえ、晴佐久神父の指導的なお話は、四旬節愛の献金について「我慢した分のお金を献金するの、余ってるお金じゃ意味ないの」とか「洗礼良いですよ~」ぐらいで、20人前後があっちこっちで好きにお話している、そんな飲み会でした。

なかなか面白い出会いもありました。お昼過ぎに築地教会に行っていたのですが、写真を撮っていると3人ぐらいの男女がとなりの幼稚園から教会に移動されていました。なにかイベントがあったのかと思っていたのですが、なんと、その人たちは高円寺教会の人だったのです。またまた、導かれているのかと思ってしまいました。

おやじの会、ただの飲み会だったのですが、なにか、あたたかいというか、癒されるんですよね。そういえば、来た人とは「お帰り」「ただいま」とあいさつしたり、神父様を愛称で呼んでいたり、和やかな雰囲気でした。変なたとえのようですが、貧しい人向けの教会の奉仕活動ってこんな感じかなぁと思っていました。その日に、たまたまマザーテレサの記事を読んでいたことも影響しているかもしれませんが、どんなに苦しんでいる人もここに来れば明るく生きられる、そんな集まりのように感じられました。

そろそろ眠くなったので、帰ろうとすると晴佐久神父が言われました「この家を出てどこに帰るの」。そう、教会はみんなの家だったんですね。神の子として明るくすごせる家庭だったのですね。あとから振り返って思いました「心貧しき人は幸いである、教会は彼らのものである」と。

一度は引き止められた晴佐久神父でしたが、もちろん、少ししてから「私が赦す」と帰していただきました。神父様に赦していただけたのは生まれて初めての経験でした:-)

兄貴分の「luke8488」さん、餃子を焼くなど色々とお世話いただいた「よっちゃん」さん、そして晴佐久神父はじめ高円寺教会の皆様ありがとうございました。

実は、なぜ東京の教会を色々とまわったかというと、信心深いとか、教会好きとか、そういうのではなくて(いや、教会好きはちょっとあるかも)、仕事の関係で東京に単身赴任の可能性がすこしあるのです(前回教会を巡ったときよりも、かなり確率は低くなりました)。お祈りするだけでなく、住むとしたらどこにしようかと教会を巡っていた面もありました。今回の訪問で、とてもよい教会を見つけたような気がします。

そうそう、luke8488さんは別の意味で「ぬるい」と結われますが、ちょうど良い暖かさだと思いました。

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