2008/04/11

合理性に勝る大切なもの

 心のともしび第600号に渡辺和子シスターが「美しい光景(リンク先は心のともしび)」というマザーテレサのお話を書かれています。

 助かりそうな人ではなく、助かりそうにないホームレスに手当をすることを問われ、マザーは生きている間じゅう邪魔者扱いを受けた人が、生まれて初めて優しい看護を受け、感謝して亡くなっていく様子を語られます。中にはほほえみさえ浮かべるその姿は、「それはそれは美しい姿」だそうです。

  誰もが均等に一度だけ与えられる死という大切な時、「愛された」という経験で尊厳を取り戻すことに役立った薬や人手は、「美しいもの」を生み出すために役立ったのです。たとえ薬や人手が不足しがちであっても、それは大切なことなのでしょう。

  災害時の医療技術としてトリアージという治療の優先度を決定する方法があります。限られた時間と資材・人材の中でなるべく多くの人命を救うための方法です。そこでは、助からない人に治療をすることは許されず、助かる人にのみ治療が行われます。マザーの行為は、一見それに反する非合理的な行為に思えます。

  しかし、マザーの行為が間違っているとは思えません。誰もが幸せになるために命が与えられたはずです。その最後のチャンス、もっとも緊急に手当てが必要な人にマザーは手当をしていたのです。

  世の中は、どんどん合理化が進んでいます。すべてのことがお金を中心に回ってしまいがちです。どんな手段を使ってもお金を得らればよいような風潮があります。しかし、それが本当に大事なことか、それのためにはすべてを捨てて良いのか、しっかりと考えなければなりません。幸せとは何か、忘れていることはないのか、たとえ薬を与えられなくても、そばにいることはできないか、単純な合理性を考えるだけでは見失ってしまいがちな、大切なものを見失わないようにしたいと思います。

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2008/01/11

心の支えはイエス・キリスト - ビッグイシュー -

通勤路に時々売りに来ている販売員のおじさんとなかなか時間が合わず、3冊まとめてビッグイシューを買いました。去年の10月から300円になって内容も充実しました。以前から内容たっぷりでしたが、値上げ後は目を引いた記事だけを読んでも十分満足できる内容になりました。しかも販売員の方の収入も増えて、屋根のあるところ(といってもネットカフェや簡易宿泊所)で寝泊まりできる人が増えたそうです。

さて、最近の3冊で最も気に入ったのは京橋で販売員をしている石田さんの記事(85号p.26)です。石田さんはどうも我慢が足りなくて失敗するタイプで、ギャンブルや人間関係で躓かれたようです。

そんな石田さんが心の支えにしているのが、西成の教会で出会ったイエス・キリストだそうです。

「聖書の中に、自分が変われば、自分の内から泉がわき出る、乾くことがない、みたいなことが書かれてあるんですけど、大事なのは人を受け入れ、自分がどこまで変われるかだと思うんです。広い心を持つことだって。自分はもうここまでだと思っても、イエス様はもっと先まで見ておられる。だから、先のことを考えすぎず、目の前のことを一所懸命に頑張りたい」

石田さんは希望の光を見出されたようです。

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2007/10/25

冷静に見ていなかった - 働きマン -

このブログを書き始めて2年(と1ヶ月)になります。そのきっかけを何度か書きましたが、どことなく納得していないものがありました。それが先週のTVドラマ「働きマン(リンク先は公式サイト)」をなにげなく見ていてようやくわかりました。

「働きマン」はどことなく「アリーmyラブ(リンク先はFOX)」をほうふつさせるような働く女性のお話です。菅野美穂さん演ずる松方は「働きマン」になって一生懸命に働きますが、人とぶつかってばかりいます。一方、釈由美子さん演ずる野川は、女性らしくうまくやって仕事をこなしています。そんな野川を松方は批判的に見ます。

一見、ちやほやされているように見える野川ですが、実は陰で人並み以上に努力していました。そのことを知った松方は

「人のせいにして、努力していなかった」

と、反省します。ふたりはようやく打ち解けたとき、野川は自分のことを振り返って、自分の過去を振り返って、こう言います。

「ぶつかってばかりいて、冷静に見ていなかった」

この言葉は考えさせられます。努力するだけではだめなんですよね。

人は客観的・合理的に物事を考えているつもりでも、いつのまにか感情にとらわれてしまいます。推論に過ぎないことを「そうに違いない!」などと思い込み、自分で自分を追い込んでしまいます。

「働きマン」の松方は頑張ることが必要だと、思い込んでいるんですよね。でも、頑張るだけではだめなんです。いくら頑張ったってダメなときはダメ、どうにもならない。そこで、どんなに頑張ってもどうにもなりません。思い込みをやめて、冷静に物事をとらえないとだめなんですよね。

私が信仰の道に入ったのは、こんなことが原因だったと思います。遠藤周作さんの「イエスの生涯」「キリストの誕生」を読んで、今までの自分が傲慢であったことに気付きました。そこには「自分の苦労なんて大したことはない」「自分の一方的な見方だった」という2つの思いがありました。

「自分の苦労なんて大したことはない」というのは、イエスさまの受難との比較です。人類を救うための運命とはいえ、誰にも理解されないまま、十字架にかかられました。その苦しみを考えれば、どんな苦労も大したことはありません。それをこの世の終わりのように、誰かに怒ったり、自分を責めたりすることはないのです。

「自分の一方的な見方だった」というのは、遠藤周作さんの著作ならではの恵みだったと思います。捕えられたイエスさまの身を案じつつも自身の安全を考え、十字架に架けられたときにも自分たちのことを何と言われるかを心配する。誰しもの心にある暗い部分を持つ弟子たちと、それをわかった上で愛されたイエスさまとの対比は、自分の考えが一方的であることに気づかせてくれました。

そんな弟子たちにも3日後に変化がおこりました。心の中にイエスさまが復活し、弱虫だった弟子たちが、死をも恐れぬ使徒に生まれ変わります。それこそ、奇跡というべき変化です。そのような変化は、聖書では聖霊降臨まで間となっていますが、遠藤さんはしばらくかかったと書かれています。

ここのところは、あまりよくわかっていなかったのですが、最近、何となくわかるようになりました。私は、遠藤さんの本でキリストに出会い、復活と聖霊降臨のような衝撃を受けたつもりでした。しかし、私の実態は、たいして変わっていないのですよね。

少しずつ、少しずつ、あっちに行ったり、こっちに行ったり、苦しんだり、悲しんだり、そして喜びを感じながら、神様に近づいていくのでしょうね。苦しみもいつか恵みと感じられると信じて、批判せず、怒らずに、しみじみとやっていこうと思います。

色々なことがありましたが、いや、色々なことがあったからこそ、神さまのご計画に感謝しています。

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2007/10/14

神の似姿 - 聖フランシスコ「太陽の賛歌」 -

神の似姿というと(創世記1・26)で

神にかたどって創造された(日本聖書協会 新共同訳)

とされる人間のことが思い浮かびます。この表現、以前から違和感がありました。ギリシャ神話か日本神話にあるような、多神教的なイメージを抱いてしまったり、進化した宇宙人が遺伝子操作で作りだすといったSF的なイメージを抱いてしまいます。

このようなイメージは多神教的です。Good News Collectionにあるように神様が唯一絶対でないと、欠点をイメージしてしまい、どうもいけません。では、この「似姿」とはなにか?それが以前からの疑問でした。

川下勝著「アッシジのフランチェスコ」(清水書院、pp.167-172)に「太陽の賛歌」(リンク先はLaudate)が載っています。この太陽の賛歌はGood News Collectionにあるように、晩年の聖フランシスコが「死」というものを「姉妹」として讃えている点が特徴的です。この賛歌の中にも「似姿」という言葉が出てきます。

太陽は美しく、
  偉大な光彩を放って輝き、
  いと高いお方よ、
  あなたの似姿を宿しています。

これには衝撃を受けました。「太陽が似姿を宿している」という神って何なのでしょう。内部で核融合を起こしている「光源」や「熱源」あるいは「磁気嵐」が神だというのでしょうか?きっと、そんな物理的なことは決して表していないのでしょう。すると、何だというのでしょうね。

色々と思いを巡らしていると、ある言葉が思い浮かびました。

「神は愛」

すなわち、「似姿」とは、愛を実体化したものと考えることにしたのです。

神を信じるというのは、この世の出来事は偶然ではなく、完成に向けた神のご計画によるものであるとすることです。世の中を科学的にどんどん分解していけばいくほど、よくできていることがわかってくるといいます。最先端の科学者は神の姿を感じるといいます。

陽子の周りを電子がまわって原子になり、原子が集まり分子になり、分子が集まって物質ができ、色々な物質があつまって星になり、そして大きな星を小さな星が回ってまるで原子のように惑星系や恒星系になっています。すべてのことがよくできているのです。

私が生まれたことも、妻と結婚したことも、父が亡くなったことも、遠藤周作に出会ったことも、洗礼を受けたことも、すべてのことに意味があり、すべては良い方向に向かっているのです。

すべての物が被造物で、被造物は神の愛を実体化しているのです。

鳥や自然を愛した聖フランシスコは、すべての被造物に、いや、死をも含めたすべてのものに、愛そのものである神を感じていたのでしょう。

(この記事を考えているうちに、遠藤周作さんの「深い河」に出てくる神父さまは、聖フランシスコがモチーフなのではないかと思うようになりました)

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2007/09/09

よし、よし

晴佐久昌英神父の「生きるためのひとこと」は、苦しみの中で救いを求める方に書かれたエッセイ集ですが、私にとって最も福音的だったのが「よし、よし」(pp.154-156)です。

泣き叫ぶわが子に笑いながら「よし、よし」という母親は、すぐに泣きやむこと、今はつらくてもすぐに幸せが来ること、いずれ人生の喜びを知ること、そして生まれてきて良かったと思える日が来ることを伝えたいのです。

「おお、よし、よし。(中略)これからも痛いこと、怖いことがたくさんあるけれど、生きることは本当にすばらしい。だいじょうぶ、心配ない。おまえを愛しているよ、おお、よし、よし」

と苦しんで、不安がいっぱいの子供に対する親の愛を書かれています。人間は弱いので、苦しいときに抱きしめて欲しくなります。いつも「よし、よし」を求めているのでしょうね。

創世記の1章には、こんな言葉が何度も出てきます。

「神はこれを見て、良しとされた」

晴佐久神父はこれを、全存在にほほえんで呼びかける、宇宙最初の「よし、よし」とされています。

聖書の中に出てくる「良し」は男性的で、これまで仕事をこなしたような、職人的な感じがしていました。しかし繰り返すだけで、こんなにやさしい言葉になるんですね。ちなみに英語で「良し」は「good」になっています。これこそ、まさにgood news(福音)ですね。

(聖書の引用は日本聖書協会 新共同訳)

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2007/09/02

高慢な者が被る災難は、手の施しようがない

今日のミサの福音朗読は「客と招待する者への教訓」(ルカ14・1、7-14)でした。

「だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる。」

という言葉に代表されるように、自ら上席につくような傲慢な態度を改め、上席を譲って自ら末席につくような、へりくだることが必要なのでしょう。

この福音にあわせて第一朗読は「謙遜/心のかたくなな者」(シラ3・17-18、20、28-29)でした。この最後のところにある

高慢な者が被る災難は、手の施しようがない。彼の中には悪が深く根を下ろしている。

という言葉を聞いて、晴佐久昌英神父の「生きるためのひとこと」という本の「ありえない」(pp.96-98)というエッセイを思い出しました。そこには、ポンペイの遺跡で有名なイタリアのベスビオス火山の近くにある新市街が遺跡よりも山側にある様子を見て驚かされたと書かれています。そして、繰り返す火山の噴火や津波による被害について

「ありえない」と思うのは人間が傲慢なだけ

むしろ神は、そんな災害から守るためにこそ、人間に愛と知恵を授けたのではないか

と書かれています。苦しみの中にある人への「命の言葉」を書かれたこの本の中で、唯一厳しいことが書かれています。しかし、それは神の絶対的な愛を信じている晴佐久神父だからこそ、書くことができる言葉だと思います。

乗り越えられない試練は与えられません。また、「ヤーウェ・イルエ(神は備えて下さる)」(リンク先はカトリック高円寺教会ANNEX)のです。

苦しみは必ず乗り越えられるものであり、いつか幸せな気持ちで振り返ることができます。そして、「ああ、これも恵みである」と感じられるときがきっと来るのです。そう思えるからこそ、苦しみの原因は自らの行いにあることを認め、傲慢が悪であり、へりくだることが重要であるという言葉を受け入れることができるのでしょう。

(聖書の引用は日本聖書協会 新共同訳)

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2007/07/26

喜びと思うなら、神からの呼びかけ - 10人の聖なる人々 その3 -

10人の聖なる人々」の最後はマザー・テレサです。
マザー・テレサは「修道女になるように」と“内なる声”を聞きました。そのとき、マザーは冷静に、本当の神からの呼びかけであるかをどうやって確かめれば良いかと考えたようです。

この疑問に対してヤンブレンコヴィチ神父は、「もし、神と隣人に仕えることを喜びと思うなら、それは本当の召命なのだ」と教えられたようです。マザーは「自分がそれをうれしいと感じるかどうか」を修道生活に入る指針とされたようです。

このお話を読んで、マザーの修道名である「テレサ」の元になった小テレジアを思い出しました。小テレジアはカルメル会で行われていた鞭打ちの信心行を、「御旨でない」と感じてやめたそうです。イエスさまの受難を体感する信心行であっても、身体の弱いテレジアは喜びを感じることができなかったのでしょう。

また、遠藤周作さんの「沈黙」では、神父が苦しみの中で踏み絵を踏み、棄教するさいに「踏むがいい」という神の声を聞くシーンがあります。このシーンは結構批判もあったようです。しかし、それが救いであり、喜びであり、恵みであるなら、それは神の言葉なのでしょうね。

最近、ちょっと書き込みのペースが落ちていますが、がんばろうとは思いません。のんびりしているうちに、書くことが喜びになるようなそんな瞬間が来るのですよね。そんな時には、意識していないのに、振り返ると「あしあと」の詩(リンク先はMAGIS)のように抱きかかえてくれている神様が、傍らで微笑んでいるんですよね。

無理をしなくても、絶対に切れない蜘蛛の糸のような愛でつながってくださる神さま。どんなに罪を犯しても、何度も、何度もゆるしてくださる神さま。あせらなくても、きっと喜びを与えてくださると思っちゃうんですよね。

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2007/07/18

ゼノさんのひみつ

コルベ神父とともに日本に来られ、戦争中も日本にとどまり、戦後はアリの町をはじめとする「カワイソこども」たちのために奔走したゼノ修道士。ここでも何度か書きましたが、ひとつだけ書き残したことがあります。

それは、女子パウロ会から出ている「ありがとうゼノさん」(えとぶん みき せつこ)という絵本のお話です。このなかには「ゼノさんのひみつ」(pp.12-13)が書かれています。

他の文献によるとゼノさんは修道士と言っても助修士だったようです。助修士は労働修士ともいわれ、世俗のまま修道院に入っていたようです(仏教で言うなら在家出家のようなものでしょうか?)。

もともと修道院に入る前のゼノさんはお洒落だったようで、そんな身分でもあり、修道院に入ったもののすぐにやめて、きれいなお嫁さんをもらって、幸せに過ごすつもりだったようです。

しかし、修道院に入ると丸坊主にされ、古い服を着せられ、こんなはずじゃなかったと、悲しくなりました。そこで、修道院を出る決意をしたゼノさんは、修道院長のコルベ神父にお話しに行ったそうです。

不思議なことに、コルベ神父の部屋を出たゼノさんは明るい顔をしていたようです。そして、なぜかその後も修道院で暮らし、日本にまで来たのです。

このときのことをゼノさんは秘密にしていたようです。ほかの本を読むと、どうもマリアさまにお祈りをしたようなのですが、コルベ神父とどのような会話をしたかはよくわかりません。

それまで自分の幸せを考えていたゼノさんが、他の人の幸せを考えるようになり、コルベ神父とともに日本にまで来て、子供たちのために一生を捧げたのですから、よほどの出来事だったのでしょう。

とても気になる出来事なので、ちょっと想像してみました。

もう修道院を出ると決めていたとしても、相手は修道院長のコルベ神父です。ゼノさんが捨て台詞を言えるわけがありません。きっとお詫びするようにこういったでしょう。

「私はおしゃれがしたくて我慢できません。この修道院にはふさわしくありません。」

突然の申し出に、コルベ神父はひと呼吸おいて、こう言われたのでしょう。

「ゼノ修道士、あなたはここに来てまだ浅いのに、聖フランシスコの流れを汲むこの修道院のことをよく理解されていますね。主の教えに従い、聖フランシスコはすべてを捨てました。

あなたの思いは、まさにこの修道会のものが抱く思いです。ここにいるすべての修道士がその思いで苦しんでいるのです。そのことに気づいたなら、あなたはもう大丈夫です。

すべての人の幸せがあなたの幸せになるように、ともにマリアさまにお祈りしましょう。」

あっけにとられたゼノさんは、コルベ神父にうながされてお祈りを始めたでしょう。そして、頭のこと、ファッションのこと、家庭を持つこと、様々な思いをマリアさまにお話しするうちに、いつの間にか心に平安が訪れ、幸せな気持ちに満たされました。そして、祈りをするうちに、人の幸福を自分の幸せとおもうゼノさんに生まれ変わったのでした。

といった感じだったのではないかと思うのですが、いかがでしょう?

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2007/07/16

あなたを必要とする人が隣人、あなた周りの人すべてが隣人

昨日のミサは「善いサマリア人」(ルカ10・25-37)でした。入門講座の内容とともにまとめておきます。

ルカ9・51にあるようにサマリア(今のパレスチナ)で、イエスさまはエルサレムに向かう決意を固められていました。その後、エリコを経由してエルサレムに向かわれたようです。このエリコはヨショアが攻め落としたところで、城壁の周りを行進してトランペットを吹くと城壁が壊れたとされています。

エリコは死海の近くでイエスさまが40日間断食された「誘惑の山」に近いところで、海抜マイナス250mのオアシスのある低い土地です。一方、エルサレムは高い土地にあり、エリコからは上り坂、エルサレムからは下り坂になります。

「善いサマリア人」のお話は、そんなエリコとエルサレムの間の坂道のお話です。エルサレムからエリコヘ下る途中で追いはぎにあった人に対して、祭司やレビ人は道の向こう側を通りましたが、あるサマリア人は宿屋に連れて行って介抱しました。

サマリア人は、マザー・テレサと同じ行いをしました。宗教の異なるインド人であっても貧しい人に近づいて、世話をして、隣人となりました。

10人の聖なる人々」によれば、マザーテレサの死を待つ人の家には、道端で死にかけている人々が運び込まれていたそうです。助からないとわかっていても、体についたウジを一匹ずつ辛抱強くつまみあげ、顔や体をきれいに洗い、「あなたは必要な人だ。決して一人ではないのだ」(p.323)と知らせていたそうです。マザーにとって十字架のイエスが苦しみである「孤独の内にみじめに死ぬこと」こそ、耐えられない不幸だったようです。

説教の中で神父さまはこう言われました。

「あなたを必要とする人が隣人、あなた周りの人すべてが隣人」

すべての人が必要とされているから、すべての人が隣人なのでしょう。

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2007/07/13

ビッグバンとは、私のことだ - 生きるためのひとこと -

晴佐久昌英神父の「生きるためのひとこと」の「まえがき」に、こう書かれています。

人は、言葉で生きている。
ことばで世界を知り、ことばで自分をつくり、ことばで他者とつながって生きている。

ヨハネによる福音書の冒頭を思い出させるこの言葉で、この本は始まっています。そして、しばらく読み進んで見つけたのが、「光あれ」という創世記の冒頭に書かれたお話です。

この「光あれ」という言葉は、こころのともしびTVでは、神の栄光を示しているとの説明をされていましたが、晴佐久神父は宇宙の始まりである「ビッグバン」から神さまを知るお話「光あれ」(pp.21-23)の中で、この言葉を説明されています。

すべての存在にあってほしいと願い、「あれ」と命ずる何物かを感じ取り、その何者かを語る力こそ、真の知性というのではないだろうか。

そして、すべてのものが自らの意思で存在するものでないからこそ、この「あれ」という意思に安らぎを覚えるとされています。自分の意思でなく「あれ」と命じられたのですから、

後はもう何も悩むことはない。あればいいのである。

とされています。もう「参りました!」と言いたくなります。日々の苦しみが消えてしまうような、新しい視点です。悩んだり、苦しんだりしたことがばからしくなります。そしてお話は、大地も草も木も人間も世の中のすべてのものが、神の被造物として描かれていることから、最後の結論に導かれます。

このわたしは、神に「あれ」と願われ、「あれ」と命じられてここにある、という真理。ビッグバンとは、私のことだ。

このお話は、面白く語られているようにも読めますが、神に作られたのは私であるという意味だけではないと思います。神を知ることで、その後の恵みにあふれた新しい世界の始まりとなるのは私である。そんな意味があるように思いました。

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2007/07/04

コルベ神父の最後の晩餐 - 10人の聖なる人々 その2 -

10人の聖なる人々」(リンク先はアマゾン)今回はコルベ神父の感想です。

死を迎える時についてあまり考えたことがありませんでしたが、この本では色々と考えさせられます。コルベ神父がアウシュビッツでほかの方の身代りに亡くなられたのはすでに書いたとおりですが、なぜアウシュビッツに行かれたかは知りませんでした。

勝手にユダヤ系の方だと思っていたのですが、「ナチスに対する破壊活動」の罪で逮捕されていたのですね。日本でも「聖母の騎士」を発行されていますが、もともとは母国のポーランドで「聖母の騎士」を発行されていて、日本で発行後、教会の命令で母国にもどられて「聖母の騎士」をはじめとする活動を続けられていました。

この真実を伝える活動がナチスの思想と合わなかったのでしょう。当初、コルベ神父にドイツ国民になるように勧めたナチスは、懐柔できないとわかるとアウシュビッツに連行したのです。

コルベ神父は連行される情報をあらかじめ得ていて、懇意にしていた5人の修道士と食事をともにされました。コルベ神父が院長を務めていた修道院は、聖母の騎士を発行するため、切り詰められるだけ切り詰めた食事しかとらなかったそうです。しかし、この最後の晩餐ではケーキとお茶が出たそうです。それまでコルベ神父と共に食事することもなかったので、理由を知らない修道士の方たちは驚きと喜びで満たされたでしょうね。

この本には、Good News Collectionでも紹介されていた神谷美恵子さんのことも書かれています。神谷美恵子さんは結核と乳がんで2度死を覚悟されています。そのときのことを「自己の生命に対する防御的配慮が一切必要でなくなった時こそ、人はもっとも自由になる」と書かれています。

コルベ神父も死を覚悟された時、それまでのこだわりを捨てて修道士たちとの最後の思い出作りができたのかもしれません。そのように考えると、アウシュビッツで身代りになった時も、義務感や憐みといった人の感情から進み出たのではなく、素直な気持ちで神の望まれる行動をとられたのだと思います。それは真に聖人と呼ぶにふさわしい行動だと思います。

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2007/06/20

天下の出来事にはすべて定められた時がある

以前、ここにも書いたコヘレトの言葉(伝道の書)3章の冒頭がビッグイシューの姜尚中さんのインタビュー記事「私の分岐点」に載っていました。以前は後半の

人間にとって最も幸福なのは、喜び楽しんで一生を送ること(日本聖書協会 新共同訳)

に注目しましたが、姜尚中さんは冒頭の部分を取り上げられています。

天下の出来事にはすべて定められた時がある

この言葉のように、人生には“時”があるのだから、焦ることはないと自分を励まされたそうです。そして、最後にこう締めくくるられています。

すべての人に平等に死が訪れるように、誰の人生にでも自分の力ではどうにもならない不可抗力なことは起こりうる。大切なのは、それを受け入れ、自ら決断し、人生の“ターニングポイント”としていける力を養うことだと私は信じています。

そうですね。どのようなことに対しても最後は自分の意思で決めなければなりません。そんな苦しいときに心丈夫にしてくれるのは、やっぱり神さまの言葉ですね。

(特に明記していないところはビッグイシュー74号p.3からの引用です)

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2007/06/14

めちゃくちゃな愛 - 10人の聖なる人々その1 -

少し前になりますが、たらさんのコメントで書かれていた「10人の聖なる人々(リンク先はアマゾン)」を読んでいます。

それぞれ感動的なお話ですが、気になった言葉がゼノ修道士のお話に出てきた「めちゃくちゃな愛」です。この言葉は著者がインタビュー中にシスター西川から聞かれた言葉です。もともとある神父様が言われた「イエスの愛はフーリッシュでパッショネートだ」という言葉に対して、シスターが「このフーリッシュという言葉はね、直訳すれば馬鹿馬鹿しいとなるのでしょうね。でも、めちゃくちゃであると訳してもよいと思うんですよ」と言われたそうです。

この言葉は蟻の街で活躍したゼノ修道士にぴったりです。「馬鹿馬鹿しいほどの情熱を胸に、めちゃくちゃに動き回った」「ひたすらに目の前の仕事をこなした。愚直なまでの激しい情熱であった」という言葉以上に、「カワイソコドモ」のために奔走したゼノ修道士を表す言葉はないでしょう。

この言葉、この本に出てくる他の人、コルベ神父や、北原怜子さん、マザーテレサにも当てはまります。なぜなら、それは元々の言葉がイエス・キリストを表した言葉だからです。

頑固とか、犠牲とか、そんなありきたりの言葉ではないのでしょうね。自分の気持ちに正直に向き合うと、そうせざるをえないような強い気持ち、傍から見ればとんでもなく大変なことなのに、その行いで幸せを感じてしまうひたむきな愛。それこそが、人類を救う愛なんだと思います。

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2007/05/09

『チーズはどこへ消えた』と『タラントンのたとえ』

スペンサー・ジョンソン著「チーズはどこへ消えた」(扶桑社) を読みました。この本は6年前にブームになった本です。出版社の案内にはこう書かれています。

迷路のなかに住む、2匹のネズミと2人の小人。彼らは迷路をさまよった末、チーズを発見する。チーズは、ただの食べ物ではなく、人生において私たちが追い求めるもののシンボルである。

ところがある日、そのチーズが消えた!ネズミたちは、本能のままにすぐさま新しいチーズを探しに飛び出していく。ところが小人たちは、チーズが戻って来るかも知れないと無駄な期待をかけ、現状分析にうつつを抜かすばかり。しかし、やがて一人が新しいチーズを探しに旅立つ決心を・・・。

この本は、一度の成功体験にしがみついて状況の変化に対応できない小人と、成功をイメージすることで、過去を捨てる恐怖に打ち勝って新しい挑戦をはじめた小人の寓話。そして、それを聞いた人たちの議論が書かれています。

これを読んで気づいたのは、最近どうも気になっている「タラントンのたとえ」(マタイ25・14-30)と似ていることです。こちらは、こんなお話です。

ある人(神様)が僕(しもべ)にお金を預けます。人によって、5タラントン、2タラントン、1タラントンと預けられる金額が違いました。二人の僕たちは頑張ってそれを増やしてほめられます。しかし、1タラントンだけ預けられた僕は、無くしては大変だと増やそうとせず、(天国から)追い出されてしまいます。

追い出された僕はこんなことを言っていました。

『御主人様、あなたは蒔かない所から刈り取り、散らさない所からかき集められる厳しい方だと知っていましたので、恐ろしくなり、出かけて行って、あなたのタラントンを地の中に隠しておきました。御覧ください。これがあなたのお金です。』

まるで過去を捨てることが怖く、最後まで新たな一歩を踏み出せなかった小人のような僕です。しかも、主人に「間違った認識をしている」ところも似ています。主人に

「それなら、わたしの金を銀行に入れておくべきであった」

といわれてもしかたがありません。この僕は主人の求めていること、主人の寛容なこと、を認識できなかったのですね。「チーズは、、」の小人も、勝手に近くにまだあると思い込み、壁に穴を空けてチーズを探しました。自分勝手な思い込みはいけません。

タラントンのたとえでは、主人はこう言います。

「だれでも持っている人は更に与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまでも取り上げられる。」

さらっと読むと「お金持ちは増やせるが、貧乏人はより貧乏になる」とも読めなくはないですが、もちろん違います。福音のヒントによると1タラントンというのは、20年分の賃金だそうです。そうすると、持っていないというのはお金じゃないようです。

「チーズは、、」の議論では、未来を不安がらず、将来の自分をイメージして、一歩を踏み出すことが大事だとされていました。これから考えると、「積極的な良いイメージ」を持っているかどうかで豊かになるかどうかが決まると考えることができます。

この「積極的な良いイメージ」って、キリストの教えで言うなら「信仰」ですよね。つまり、「必要なものは与えられる」「人生に無駄なものはない」と思えるかどうか、それが人生を豊かに生きられるかどうかの分岐点なのでしょう。

(どうです。似てるでしょ?)

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2007/04/29

「世界像の危機」と「わたしにとって」

この「私にとって」という言葉、最近、気になっていました。実は、この言葉はすごく哲学的なのです。

知り合いに、とあることのお礼にと西研著「大人のための哲学授業―「世界と自分」をもっと深く知るために」(大和書房,2002)(リンク先はアマゾン)をいただきました。哲学の本なんて、生まれてはじめて10年ほど前に読もうとしたある本で挫折して以来です。ちょっと変わったお礼ですが、せっかくいただいたので読んでみると、この本は楽しく読めました。

この本は哲学とは何かを述べています。哲学の必要性を述べるべく最初のところで「世界像の危機」という言葉が出てきます。この本の著者や私の若かったころは「“後発近代”的世界像」というものがありました。日本は欧米に劣っているから、追いつけ追い越せ、頑張れば幸せになれる、そんなだれしもが抱く物語ともいえる世界像が、いまは解体しているんですよね。

しかし、今なら普通にしていても、だれもが学校で学べ、仕事があり、ほどほどの生活ができます。生きる意味とか、やりがいとか、ついつい見失ってしまいそうな、そんな時代だからこそ、哲学が必要だとこの本は言っています。

この本では、哲学は世界像とそれをつくりだして生きている人間について考える学問で、

「哲学とは、理詰めで考えを述べ合うことによって、お互いに考えを普遍性のあるものに鍛えていこうとする、一種のゲームである」

とされています。絶対的なものはないから、みんなで合意をとれるような考え方を求めているのです。前半では哲学の外観が語られ、後半では世界像を変えた近代学問から始まり、デカルト、ヒューム、カント、フッサール、ハイデガーが説明されています。

近代哲学には、主観的事実と客観的事実の問題(主客一致の問題)があるそうです。自分があるから世界があるのか、世界があるから自分があるのか、ということです。カント以前はこれが「わたしにとって」のイギリス経験論と、「それ自体として」大陸合理論に分かれていました。これを、カントは「物自体」は認識できず、主観に現れた「現象」のしか認識できない、つまり客観性は意識の内部にあるとしました(説明が悪くてすみません。本には詳しく書かれています)。

近代は現代の日本と同じように、(教会中心だった)世界像が壊れた時代でした。科学の進歩によって、それまでの世界像が崩れた世界において、ある時は哲学者は神の存在を証明し、カントは存在することも存在しないことも証明できないとしました(そして、現代になってニーチェが神様に甘えるなという意味での言葉「神は死んだ」に至ります)。結局、現代のように目標をを失いがちな世の中にあっては、絶対の真理は確信できず、普遍的な「私にとって」の世界像を考えるということになります。

中世や昭和のように安定した世界像を誰もが受け入れられた時代は幸せだったかもしれません。でも、いまや世界像は崩壊し、個人個人が世界像を作り上げなくてはならなくなりました。上記の本は、そこで哲学が必要だとしていますが、それはとても厳しい道です。どんなに頑張っても、お金、地位、エゴといった現代的な世界像、すなわち原罪に負けそうになるからです。

私はもう、あの苦しい時に戻りたくありません。神様に救われた経験を元に、自分の世界像を作りたいと思います。

遠藤周作さんは「私にとって神とは」という本で、キリスト教を自分に合うように仕立て直しました。これは遠藤さんだけの問題でなく、現代に生きる私たちも自分の世界とキリスト教の整合性を取ることは大きな問題なのだと思います。それぞれの人生の経験をもとに、生きる力となるような「神」を認識することが必要になるのです。

しかし、「私にとって」という言葉は、客観的に見ていないという面あります。真実を知らず、自分の思いだけで神さまを見てしまう可能性もあります。キリスト教を正しく理解したうえで、自分の世界像への取り込みが必要になるのでしょう。

遠藤さんが言われるように100%の信仰というのはなく、信仰は90%あるいは99%の疑いと、少しの希望だと思います。それは、最後には神様がついている、乗り越えられない試練はない、というもっとも重要な希望なのだと思います。その一点だけを守ることができれば、主の平和が訪れると信じています。

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2007/04/21

不作為の罪 - 12年前の思い出 -

ビッグイシュー70号の「私の分岐点」は、作家で前長野県知事の田中康夫さんです。失礼な話ですが、私と体形が似ているからか、「なんとなく」好きではなかったのですが、このインタビュー記事を読んで、ちょっと変わりました。

記事によると田中康夫さんのターニングポイントは、小説家としてデビューしたとき、そして、阪神大震災でボランティアをした時だそうです。このボランティアがきっかけで、神戸空港反対の住民運動に関わられ、その後の長野県知事につながったそうです。

阪神大震災では、悲惨な映像を見ながら、何ができるかを考えられたそうです。医者でもないし、瓦礫を片付けるクレーン車の免許もない、でも、神戸と縁があったのでなにかしたいと、神戸市役所に電話をされましたが、埒があかなかったそうです。

そこで、教会ならボランティアを受け入れてくれるだろうと、西宮のカトリック教会(どこでしょうね?)に電話をされました。それから、水や野菜ジュースを手始めに必要なものをバイクで運ばれたそうです。

田中康夫さんいわく、「好きな女の子がたくさんいる神戸」が身近だったからと言われていますが、この言葉は関西人にはつらい言葉です。通勤圏にありながら、多くの人が何もできなかったからです。もちろん、ボランティアに参加した方もおられますが、経済を停滞させないことが善であるかのように、仕事を優先した人が多かったように思います。

私自身も、神戸のお客さんのところに通ったこともありました。そのころに通っていたビルには工事用のクレーンが突っ込み、知り合いの会社の入っていたビルは1フロアがつぶれて、ちょうど1階分が低くなりました。もちろん、会社の同僚にも色々な人がいました。マンションに住めなくなった人、実家の隣が倒れてきて建て替えをすることになった人、心労でお母さんが亡くなったひと。

当時の私は仕事が忙しい時期だったこともあって、何もしていませんでした。当時の職場の同僚(友人)のご両親は六甲アイランドの高層マンションに住んでいました。電気が止まっているので、長い階段を上って水を運んでいたそうです。多くのボランティアややじ馬で道路は混雑して流通事情が悪く、市街地から離れているために食料品もあまり手に入らなかったそうです。

私と友人の入っていたメーリングリストでも、ボランティアをしようという話題が出ました。みんなで行こうという話題の中、「何もしないでほしい」とその友人はコメントをしました。批判を浴びましたが、友人は言い訳をしませんでした。

今から思うと、私は何をしていたんでしょうね。田中康夫さんのように、何か役に立つこともできたかもしれません。メーリングリストは混乱したかもしれませんが、フォローのコメントを入れることもできたかもしれません。そんな風に考えると、当時の行いは「不作為の罪」のように思えてきます。

記事を読んで、いろいろと思い出しました。しかし、過去は過去、人生を後戻りすることはできません。素直に反省して、明日はよりよく生きていくしかないのでしょう。

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2007/04/11

悲しみには意味があり

機関紙「心のともしび」4月号の「成熟した楽観主義」(全文が載ってます。ぜひお読みください)にエッセイストの山谷えり子さんのお父様のことが書かれています。

亡くなられる前に「子供は明るい時に学ぶ。大人は悲しい時に学ぶ。明るく育てなさい」と言われていたお父さんは、悲しい出来事が続く中でも、いつも明るかったそうです。そんなお父さんが、大人になりかけていた山谷さんにポツリと言われたそうです。

「どんなに悲惨に見える時でも、生かされているということは有難いことなんだよ。悲しみには意味があり、孤独は神さまと豊かに向き合える宝の時間だよ。孤独の中で耐えていくと、人生が味わい深いものであることが理解されてくるよ」

苦いものは苦く、辛いものは辛いですが、信仰によって味わいが出るものなのでしょう。

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2007/03/16

ホームレス体験が生む新法 - ビッグイシュー日本語版67号 -

ビッグイシュー日本版をご存知でしょうか?街角でホームレスの方が売っている雑誌です。Good News CollectionSilent EMOTION@JUGEMでも紹介されていましたのでご存知の方も多いと思います。ホームレスの方の仕事をつくり、自立を支援するために発行されている雑誌です。

ちょっと前の67号は「フリーターの今と未来は?出口なき若者たち」と言う特集で、日雇いバイトをしながら、漫画喫茶に泊まるという新しいホームレスのことが書かれています。

最近はテレビでも取り上げられることが多くなった「ワーキング・プア」と言う言葉があります。働いているものの貧しい生活をしているワーキング・プアの人たちです。若く、親の家に暮らしているなら、それなりの生活が可能かもしれません。しかし、国の統計に表れない35歳以上で、何らかの理由で親元を離れた人たちは、抜け出せない泥沼に入り込んでいるようです。

日雇いバイトだと日給8000円でも、いろいろ引かれて手取りは5000円前後、毎日漫画喫茶の椅子で寝るには1500円を払わないといけません。その日に仕事があっても残金は3500円しかありません。

住み込みの仕事があっても足元を見られ、重労働かつ低賃金な仕事しかありません。身体をこわせば使い捨てで、住む場所もなくなって元の生活に戻ってしまいます。

ビッグイシュー日本版のWebページによるとホームレス自立への三つのステップとして、3段階が書かれています(収入への換算を追記しています)。

  1. 簡易宿泊所(1泊千円前後)などに泊まり路上生活から脱出(1日25~30冊(2750~3300円の収入)売れば可能に)
  2. 自力でアパートを借り、住所を持つ(月2回刊により、1日35~40冊売り(3850~4400円の収入)、毎日1,000円程度を貯金、7~8ヶ月で敷金をつくる)
  3. 住所をベースに新たな就職活動をする

販売員の多くの方は第2ステップに挑戦中だそうです。この金額を、さきほどの日雇いバイトと比べると、ビッグイシューの販売員よりも厳しい生活であることがわかります。しかも、明日は仕事があるか、食事ができるか、屋根の下で眠ることができるか、という生活の基本的な所に不安を抱きながら、厳しい生活を強いられているのです。

そう考えると、ビッグイシューの運動のすばらしさを実感すると共に、日本の現状の悲惨さに悲しくなってしまいます。

この号の別の記事では、フランスの新しい住宅法を生んだ運動について書かれていました。「ドンキホーテの子供たち」と名乗る団体が主催する運動で、パリのサン・マルタン運河のほとりにテント村を設営し、裕福なパリ市民に厳冬の一夜を過ごしてもらって、ホームレスの大変さを実感してもらうと言う運動です。

この運動によって、「人が住まいを得る権利と、それが得られない場合に政府を訴える権利がフランス国憲法に書き込まれる」ことになったそうです。そして、手ごろな住宅の提供とホームレスの防止と支援を定めたスコットランドの「ホームレス法」をモデルに新法が約束されているようです。このフランスの運動は、新法のモデルである「ホームレス法」にもプレッシャーを与えたそうです。

フランスでは、ホームレスの人たちの生活を体験し、その目線で憲法が改正され、新法ができます。日本でも、知ることからはじめないといけません。ビッグイシューを売っている方はバックナンバーも持っておられるので、ぜひ67号も買ってください。

(日本の憲法改正議論も、フランスのような内容だったら、、、)

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2007/03/10

松居桃楼さんと『蟻の街の子供たち』

蟻の街のマリアと呼ばれた北原怜子さんの「蟻の街の子供たち」聖母文庫(聖母の騎士社)は北原怜子さんの書かれた手紙と、蟻の街の子供たちの作文から構成されています。

北原怜子さんは、長い手紙を突然書き出して、書き終わっても出さずにしまいこみ、最後に焼いてしまう癖があったようです。松居桃楼(まついとおる)さんの書かれた「あとがき」によるとこの本は、そんな手紙が何かの間違いで紙屑として蟻の街に運ばれたなかから、構成を決めた松居桃楼さんが運良く拾い出したものの一部です。北原怜子は絶対に不承知だったそうですが、周囲から「世の中のため、というより天主様のため」と言われて出版にこぎつけたようです。

やなぎや けいこ著「アリの町のマリア」(ドン・ボスコ, p.35)によると、松居桃楼さんは歌舞伎の脚本家で自身もシナリオを書かれていた方です。生活のために法律事務所で働いていた時に、「アリの会」立ち上げの相談を受け、アリの町に住まれるようになったそうです。ちなみに「アリの会」の名付け親でもあります。

松居桃楼さんは元々仏教に興味を持ち比叡山に登ったものの、僧や信徒のあり方に幻滅を感じて山を下りられたそうです。その後、キリスト教に興味を持たれましたが、またしても聖職者や信徒のあり方は理想とかけ離れていたようです。

そんな、松居桃楼さんの構成による「蟻の街の子供たち」は、北原怜子さんが松居さんの理想とするキリスト者への道をどのように歩んでいったかを、手紙を使って描いています。

北原怜子さんは蟻の街のマリアという「おり」の中に縛られることを嫌がった事があったようです。そのとき、松居桃楼さんは人間は天主様の描かれた演劇の俳優に過ぎず、蟻の街の女優が、演じている最中に『私は本当のマリアではありません』と言うのは茶番芝居だと言われた事があるようです。この本は、そんな蟻の街のマリアがどのように演じたかが書かれているともいえます。(以下のリンクは以前に書いた感想です)

この「蟻の街の子供たち」は、蟻の街の移転にも一役を買いました。そこには、生活の苦しい人たちのお話や、貧しく複雑な家庭の子供たちが北原怜子さんに見守られて、生活している様子が生き生きと描かれています。

北原怜子さんが同じ高さの目線で奉仕した姿に影響されたかのように、心がすさんでいた街の人たちも、教会を建て、ドラム缶のお風呂を作るなど、徐々に協力します。それに答えるように子供たちも、少しずつ自立し、他人へのやさしさを身につけて成長していく様子が描かれています。

また、北原怜子さんのお茶目な一面も描かれています。柔道の相手をして負けると明かりを消して逃げてしまう、入浴時に騒がしいので水をかけて黙らせる、といった様子が描かれていいます。私的な手紙だからこそのリアリティでしょう。

この本は比較的入手が容易ですので、アリの町をご存知の方も、ご存知でない方も、
ぜひお読みください。

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北原怜子の回心 - 蟻の街の子供たち その2 -

回心というとなんとなく一生に一度のような気がしていたのですが、灰の水曜日に「回心して福音を信じなさい」と言われます。大辞林 第二版(三省堂)によると、

あるきっかけで、従来の生き方を悔い改め、新しい信仰に目覚めること。宗教的思想や態度に明確な変化が生じ、新たな統一的自我が生まれる体験。

とあって、回心というのは何度でもありうるものなのでしょうね。

回心が何度も経験できるものであるとするなら、北原怜子さんは、ゼノ修道士と松居桃楼さんを通して、4度の回心をしています。

北原怜子さんは大学教授のお嬢様でしたが、人生とは何なのか、メルセス会のシスターに教えを請い、洗礼を受けました(1回目の回心)。

そして、ゼノ修道士から蟻の街の話を聞き奉仕を始めます。しかし、松居桃楼さんから偽善だと言われて自らバタヤになり、蟻の街の子供たちと共に屑を集めます(2回目の回心)。

結核の療養を終えて久しぶりに蟻の街に戻った際に、子供たちの成長に自分の居場所を見失うものの、アリの町にとらわれないフィリピン・モンテンルパの戦犯死刑囚のための活動に目覚めたます(3回目の回心)。

アリの町に代わりに来られた女性がバタヤの方と結婚することを聞き、それまでの、自分以外では子供の指導はできまい、蟻の街に飛び込んでバタヤになるだけで自分を捨てたことになる、といったおごりに気づき、蟻の街を去ろうと決めたとき(4回目の回心)。

北原怜子さんは、回心するたびに痛悔の念が強くなっています。これがキリスト教の深いところなのでしょうね。最初はわかったつもりえらそうにしていても、教えを理解すればするほど自分の罪深さがわかり、苦しくなってきます。

以前、入門講座で神父さまが「洗礼を受けたから幸せになれると思ってはいけない。もっと苦しくなる」と言われていましたが、こういうことを言われていたのでしょうね。

(反面、すべての出来事が恵みに感じられる、怒りや悲しみといった強い感情にとらわれなくなる、といった面もあるので差し引きプラスだと思っています。念のため。)

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2007/03/01

苦しいのは自分だけじゃない - キリストに救われた理由 -

これまで、なぜ教会に通うようになったかを聞かれたとき、「遠藤周作の『キリストの誕生』でキリストの受難を知り、自分の苦しみなどは大したことがないと思い、頑張ろうと思った」と言っていました。でも、なにか違うと感じていました。

月曜日のYoshi原作翼の折れた天使たち 第1夜『衝動』(リンク先はフジTV)を見て、その理由に気づきました(以下、ネタばれ注意)。

石原さとみさん演ずる主人公ユリは親の愛情を感じられず、手首を切ったことがあり、ビルからの飛び降りを何度も試みています。そこに現れた裕紀。この青年は白血病でしたが、どうせ無駄だと薬物療法を避けていました。

命を大事にするように諭す裕紀は、逆にユリに言われます。

「神さまに恥ずかしくないぐらい、精一杯生きているの!」

このひと言で、裕紀は薬物療法を決意します。そんなことも知らないユリは、愛情表現の方法を知らない親の言葉に傷ついて、自殺しようと再びビルの屋上に昇ります。病室から見ていた裕紀はユリを救いますが、その直後にユリの目の前で倒れてしまいます。裕紀は亡くなりましたが、ユリはようやく現実に向かい合うようになります。

このドラマ、心療内科に通っているユリが、そんなに簡単に前向きになれるのかとも思いました。しかし、その理由を考えると、昔の私に近いような気がしました。

まず、こう考えました。裕紀が死を目の前にしても頑張った。それを知ったユリは自分の苦しみなど大したことはない、と思ったのではないかと考えました。しかし、これは納得できません。身体の病気と、心の病気、どちらが苦しいかなんて、本人でもわからないですよね。

そこで思い出したのが、北原怜子著「蟻の街の子供たち」に出てきたお話です。ある集落に住む貧しい家族は、家も職も失い心中することを決意していたそうです。そして、子供たちの最期の思い出にと隅田川のボートに乗りました。大はしゃぎの子供たちをみて、殺すことが忍びないと奥さんが思っていると、目の前に墨田公園の集落に立ち並ぶ掘立小屋が目に入ったそうです。

「ああやって立派に生きぬいている人が、あるじゃありませんか。私たちだって、死んだ気になれば、なんとか立ち直ることができるでしょう」

奥さんがそう言って、ご主人に取りすがったというお話です。

この奥さん、子供がかわいそうだという気持ちももちろんあったでしょうけど、目の前の人たちに共感したんだと思います。それまで自分達だけが苦しいと思っていたのに、同じように苦しんでいる人が他にもいる。苦しいのは自分だけじゃないんだ。と、思ったのではないでしょうか。

はじめに書いたドラマのユリも同じように自分ほど苦しい人間はいないと感じていたのではないでしょうか。そして裕紀のことを知って、苦しいのは自分だけじゃないと感じたと思います。同じ苦しみを感じている人を知ることで、苦しみが軽くなったと思います。

そこまで考えて、ようやくわかりました。キリストの受難、特に遠藤周作さんの描くキリストは、惨めです。弟子に裏切られただけでなく、理解さえもしてもらえなかったのです。私は、キリストの姿を見て苦しみが和らいでいたのです。

それは他の不幸なお話でも良かったかもしれません。でも、キリストは単に不幸なだけではありません。人々を救おうと十字架にかかったのです。もちろん、私のためだけではないですが、私のためにも十字架にかけられたのです。

それは、私が神さまを知る2000年前に用意されていました。まさに「神がまずわたしたちを愛してくださった」(一ヨハネ4・19)のです。

もし、あなたが苦しみを抱えているなら、遠藤周作著「キリストの誕生」をぜひ読んでください。苦しみがすこし軽くなるかもしれません。

(聖書の引用は日本聖書協会 新共同訳)

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2007/02/17

聖コルベ神父と26聖人 - 天使のゼノさん -

ゼノさん、あなたは殉教をおそれますか。」とたずねたミキシミリアノ・マリア・コルベ神父(本文中ではマキシミリアン・コルベとされています)は、「わたしといっしょに二十六聖人の殉教の地である日本に行きましょう。」日本26聖人のお話をして、ゼノさんと共に日本に来られました(桑原一利著「日本二十六聖人の祈り 天使のゼノさん」pp.11-12,聖母文庫)。

あるとき、コルベ神父は二十六聖人の記録の中に、聖マチアスを見つけて深い感動を持って読んだ、と話されました。この聖マチアスは、逮捕者の名簿に載っていなかったのですが、別人の料理人マチアスがいなかったので身代わりになったそうです。コルベ神父は聖マチアスがヨハネ福音書(ヨハネ11・46-57など?)の証をしたと感動されていたのです。

料理人のマチアスについても、立派な人生だと語られました。

この人は、自分が選ばれなかったことを残念に思い、しばらく悲しみましたが、自分の身代わりになった聖マチアスのことを誇りに思い、彼の身代わりの愛を讃えることに、残りの生涯のすべてを費やしたのです。これもなかなか出来ることではなかったでしょう(pp.80-82)。

このように聖マチアスを語ったコルベ神父は、アウシュビッツで同じように身代わりになられました。(pp.121-122)

ナチスのアウシュビッツ強制収容所では、同じ部屋から脱走兵が出ると十人が餓死刑になります。コルベ神父のおられた14号棟から脱走兵が出て、10人が選ばれました。その中の一人フランシスコ・ガヨビニチェク氏は

「さようなら、かわいそうな妻、かわいそうな子供たち、孤児になるなよ。ああ、子供たちに会いたい。」

と叫びながら列に並び、泣きながら立っていました。すると、コルベ神父は疲労でフラフラでしたが、軍曹の前に進み出て言いました。

「わたくしは、カトリックの老いた司祭です。妻子ある、あの人の身代わりに、自分を連れて行ってください。」

こうして、コルベ神父は知らない囚人の身代わりになるという愛の行為で、囚人たちを永遠の命の中に導きました。また、

身代わりになったコルベ神父は、真っ裸にされ、食事と水のかわりに屈辱のみを与えられましたが、いつもきちんとした司祭らしい態度を守り、賛美歌を先唱し、祈りを捧げ、みなを最期まで祝福し、励ましました。地下室はまるで教会のようだったと言っています。

多くの囚人が2週間を過ぎると死ぬ中、肺結核と気管支炎を患っていたコルベ神父は3週間目まで生き長らえ、フェノール注射で殺されました。そのときも、とてもやさしい顔で注射をしたドイツ人の目をじっと見たそうです。

本文中には「自己犠牲」という言葉が書かれていますが、そんな言葉では表し難い愛を感じます。遠藤周作は「沈黙」の中で、踏み絵を踏もうとする神父に「踏むがよい」と言わせますが、そんな神の姿を、コルベ神父は見ていたのだと思います。

脱走者は1年ほどで収容所に戻り、処刑されたそうです。命を救われたフランシスコ・ガヨビニチェク氏も戦争が終わって家に帰ると、すでに子供たちは亡くなっていたそうです。なんと戦争は残酷なのでしょう。そんな中で、神がコルベ神父を通して示された愛はよけいに輝いて見えます。

ガヨビニチェク氏は93歳まで長生きされたそうです。会うすべての人にコルベ神父の愛を語り継いだそうです。そして、いつも

「自分が殺されて、優秀な司祭だった神父さまが生き残ったほうが、もっと多くの人を救えてよかったに違いない」

と、言われ、聖コルベ神父に祈られていたそうです。コルベ神父は亡くなられましたが、その愛は永遠に語り継がれました。

殉教した聖マチアスもすばらしいですが、殉教しなかった料理人マチアスもすばらしいと思います。同じように聖コルベ神父もすばらしく、ガヨビニチェク氏もすばらしい人です。

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