神さまの所為にした僕
心のともしびTV(番組の動画を見ることができます)の第20回「神の賜物の用い方」は、ここでも何度か紹介した「タラントンのたとえ」(マタイ25・14-30)でした。
これは、神さまからの賜物(能力)をタラントンと言うお金にたとえたお話です。ある人(神様)が僕(しもべ)にお金を預けます。人によって渡される金額は違うのですが、僕たちは頑張ってそれを増やしてほめられます。しかし、1タラントンだけ預けられた僕は、無くしては大変だと増やそうとせず、(天国から)追い出されてしまうというお話です。
この最後の能力を生かさなかった僕ですが、ちょっと理解に苦しむことを言っています。主(神さま)は怖い人だから無くしては大変だと思った、と言うのです。神さまを誤解してはいけないと言うお話かと思っていたのですが、心のともしびTVの井上神父によれば、これは「投影」で、自分の責任を神さまになすりつけているのだそうです。
Wikipediaによれば、投影は「欲求不満などによって適応が出来ない状態に陥った時に、不安が動機となって行われる自我の再適応のメカニズム」である防衛機制の一つで、「自己が抱いている他人に対しての不都合な感情を、相手が自分に対して抱いていると思うこと。」だそうです。自分の抱く不安感を神さまに当てはめ、だってあなたもなくしたら困ると思っていたでしょう、と責任逃れをしているのです。
考えてみると、人間が殺しあっているだけなのに「神さまはどうして平和を与えられないのか」とか、勉強しなかっただけなのに「不公平だ」などと考えてしまいがちです。
望みがかなわなくても「気が楽で良いや」と前向きに、どんなに苦しいことも恵みと考えて明るく生きてたいと思います。だって、そう信じることができれば「だいじょうぶ」なのですから、、
<')))><
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