2008/06/18

私にとって神とは - 聖霊とは何か -

前回、三位一体を書いた際に、聖霊がなぜ位階(ペルソナ)であるかがわからないと書きましたが、Wikipediaによると聖霊が神であるりゆうとして、

「聖霊が神の位格でないと考えると、特に新約聖書の宗教的権威性が失われてしまう。」

と書かれていました。確かに旧約聖書は神の言葉を預言者が書いたものであり、モーセの十戒などは、神が直接与えました。イエスさまの言葉を書いたものだとしても、それ以外の神学的な内容は弟子たちと言われている聖書記者が書いたものなので、神が霊的に感化させていないと、聖書でなくなってしまいますね。

今回は、この聖霊とは何かを考えてみたいと思います。正統な解釈は女子パウロ会の解説を読んでいただくとして、私がどのようにとらえているかを書いてみたいと思います。

聖霊は「真理の霊」(ヨハネ14・17)とも呼ばれますが、これが私のイメージに最も近い表現です。もっと言うなら、真理そのもの、あるいは、真理のインスピレーション、という感じでしょうか。

ヨハネによる福音書が、

「言は神であった」(ヨハネ1・1)

と始まるように、言(ことば)は神です。しかも、通常の言葉ではなく、真理の言葉が神だと思います。

そう考えると、聖書の2つの箇所のイメージが広がります。

聖霊降臨(リンク先はWikipedia)

「聖霊が降る」(使徒言行録2・1-13)に記されている聖霊降臨は、会堂に集まっていた弟子たちに聖霊が降り注ぎ、皆が様々な国の言葉で話しだした。というお話です。この聖霊降臨の後、弟子たちはイエスの教えをのべ伝えるようになります。

イエスの愛を感じていた弟子たちでしたが、イエスの受難の意味は分かっていませんでした。しかし、聖霊が降臨したとき、真理がわかったのです。生前にイエスさまが語られた言葉、復活後にイエスさまが語られた言葉、旧約聖書に書かれた預言者の言葉、様々な言葉が聖霊によって一つになり、イエスさまこそ救世主であり、神であることに気づいたのです。

相いれない二つの問題に悩んだとき、数学の難しい問題を解こうとして悩んでいるとき、スケジュールに収まりそうにない課題に悩んだとき、システムの構成に悩んだとき、とことん悩んだ後に、ふっと悩みが氷解する時があります。このときの弟子たちもそのような感じではなかったのでしょうか。

イエスが弟子の命を救いたいだけなら逃げれば良かったことです。人間イエスの愛を示すだけなら他の形もあったでしょう。しかし、救世主イエスは人類を救ったのです。

それは、凄い体験だったでしょう。マンガに出てくるように電球が光ったような、目の前が明るくなったような感じだったのでしょう。一度わかりだすと、「そうか、あれも、これも、、」というように、さまざまな事柄がどんどんつながっていったでしょう。異言と呼ばれる、さまざまな国の言葉というのも、色々なことが一つにつながる様子を現したのかもしれません。

弟子たちは、私と同じように愛され、導かれ、確信したのです。

パウロの回心

「目からうろこ」の語源となった「サウロの回心」(使徒言行録9・1-19)にも、同じような状況が書かれてます。ユダヤ教の反乱分子であったイエスの弟子たちを、迫害する立場だったサウロ(のちのパウロ)は、主の言葉を聞いて目が見えなくなりました。しかし、アナニアから聖霊を受けると、目からうろこのようなものが落ちて、目が見えるようになりました。

律法学者であったパウロは、弟子たちを迫害するうちに何かを感じたのでしょう。パウロは神を信じていたので、迫害の当初は異端者を裁いているつもりだったでしょう。しかし、どうもおかしい。弟子の命を守っただけのイエスなのに、命を救われた弟子たちは、その命を投げ出してまでイエスが神であると言い続けたのです。

キリスト教の信者の多くは、もともとユダヤ教の信者でした。パウロにとっては、同じ教会に通っていた仲間でした。迫害しながらも、すっきりしないものがあったのかもしれません。できれば許してやりたいという気持ちもあったでしょう。

そのうちに、パウロはどうすればよいか、わからなくなったのだと思います。律法学者である自分の信仰は、本当に神の御旨に沿うものであるか、間違った行いをしていないのか、疑問に思いだすと迫害できなくなったのでしょう。それを聖書では「見えなくなった」と表現しているのではないでしょうか。

パウロは生前のイエスの話と(旧約)聖書の内容を照らし合わせたのでしょう。調べているうちに、疑問はどんどん確信に近くなったのでしょう。そして、ついにアナニアから最後の疑問を氷解させる言葉を聞いたのだと思います。

それは律法学者のパウロにとって、まさに目からうろこ、「そうだったのか!!」という思いに突き動かされ、今にも走り出しそうな衝撃だったでしょう。だからこそ、イエスの弟子になかなか受け入れられなくても、進んで宣教をしたのだと思います。

◎まとめ

聖霊を真理と考えると、私なりに聖書が解釈できました。この解釈は私の体験に基づきます。宗教を否定していた私も、2年前に入門講座で真理を知りました。

創世記のはじめ、人間と神は仲良く暮らしていました。しかし、アダムとイブ以来、人間は多くの罪を犯しました。神は預言者を通して人間を導こうとしましたが、神の思いは果たされませんでした。

そして父なる神は、ついにその一人子イエス・キリストを地上に送られました。イエス・キリストは3年間の公生活の中で神の教えを伝え、とりなしのため人類の罪を背負い、自らをささげられました。そして、神と人類の仲直りが果たされました。

十字架に架けられたイエス・キリストを見て、人々は愛を知りました。そして、それは神の愛であることも知りました。旧約聖書に描かれた救世主をイエス・キリストに重ねることで、神の姿を見たのです。

弟子たちは、イエスに愛され、導かれ、真理を確信しました。私も同じように、イエスに救われ、導かれ、確信しました。私は、私を愛し、救ってくださったイエス・キリストを神としました。

聖霊は真理だと思います。

(聖書の引用は日本聖書協会 新共同訳)

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2008/06/14

私にとって神とは - 遠藤作品について -

この辺で遠藤周作さんの作品について、考えを述べておこうと思います。

遠藤周作さんは信仰を捨てようとしたことがあります。でも、捨てられなかった。これってすごいことだと思います。捨てようとするには、それなりの思いがあったはずです。信仰を持っていた自分をやめ、信仰のない自分にしようというのですから、よほどの思いがあったのだと思います。

しかし遠藤氏にとって信仰は、やめようという強い想いよりもさらに大事なものだったのです。「これは困ったことだ」と思われたでしょう。

こんな遠藤氏は「深い河」に出てくる神父に似ています。すべての被造物に神を感じた神父は、汎神論的だとされて教会を去ります。しかし、彼は信仰を捨てることができず、ガンジス川に向かう途中で生き倒れになった人を看取るという、愛の実践を行うようになります。

遠藤氏はキリスト教を仕立て直したなどと気取って書いていますが、その実は必死だったと思います。自分が捨てられない神の姿を聖書や書籍に求め、ようやく自分をクリスチャンだと言えるキリスト像を見つけたのだと思います。

遠藤氏がなぜ信仰を捨てようとしたのかはわかりません。しかし、当時のキリスト教に対する意見を読むと、想像はつきます。遠藤氏が捨てようとしたキリスト教は、エリートやハイソサエティという言葉がふさわしい人の宗教、凛とした、厳しい宗教でした。そこでは、どんな時も救ってくださる神ではなく、律法的な厳格な神の姿がありました。

青年時代にフランスに留学した遠藤氏は、厳しいカトリック教会に明治時代の文学者の作り上げた厳格なキリスト教を見たのだと思います。それは、遠藤氏にとって信仰とは何かを考えさせるきっかけになったでしょう。

「ルーアンの丘」に留学の後期に書いた日記が載っています。私はそのテレビ番組を見ました。留学生活半ばで結核にかかり入院、そして大学を卒業しないまま帰国します。その最後にフランソワーズという女性が出てきます。

このときの結核は帰国後も遠藤氏を襲います。死を目前にした病床で、遠藤氏と関わり人生が変わった人のことを思い出したということが、別の本に書かれています。それはこのフランソワーズだと思います。フランソワーズとは帰国の際に別れたはずだったのですが、後に日本に遠藤氏を追いかけてきたようです。でも、一緒にはなれませんでした。

死を目前にして遠藤氏は自分は救われないと思ったでしょう。このときも、もしかすると棄教も考えたかもしれません。

しかし、看護師の手を通して、神は遠藤氏に救いを与えました。死の恐怖の中で絶望を感じ、どうしようもない自分と理想の自分とのギャップによる苦しみが、彼に追い打ちをかけたのです。しかし、苦しむ遠藤氏の手をそっと握ってくれる看護師の手に安らぎを感じました。そして、どんなにダメな自分であっても救いをもたらす神を感じたのです。

遠藤氏は明治時代の厳格なものでなく、カジュアルなキリスト教と書かれていますが、その信仰は軽いものではありません。捨てかけていた信仰ではなく、遠藤氏を救った捨てられない信仰を育てたものだからです。

たぶん遠藤氏は、必死になって文献を読み、新しい信仰を築いたのだと思います。玉ねぎの皮を剥くように、これまでの信仰の殻を一枚ずつ剥いでいくと、目に見えない愛という神との関係のみが残ったのだと思います。そして、最後に残った辛子種のような愛を中心に信仰を築いたのでしょう。

遠藤氏の書籍は神学ではありません。もちろん、神学的なことに触れたり、神学について語ったりしていますが、それは遠藤氏が自身の信仰を語っているだけです。

わたしはこんな遠藤氏、すなわち自分の中の神の姿を、自分の能力を生かして語る姿を素晴らしいと思います。プロテスタントは万人司祭と言って、聖書の解釈は昔から自由とされてきました。これに対してカトリックは、聖書を翻訳しないことなどによって聖書解釈を聖職者が独占していました。

第2バチカン公会議の「信教の自由に関する宣言」にこんな言葉が書かれています。「人間は皆、適当な手段によって、賢明に、自分の良心の正しい、そして真の判断を形成するために、宗教に関する真理を探究する義務と権利を持っている」(第2バチカン公会議公文書全集, p.244, 南山大学監修)。この公会議以降、カトリックは変わりました。

私の好きな教会の集いに、聖書の分かち合いがあります。翻訳された聖書を読み、自由に語り合います。神さまとの出会いが人それぞれであるように、信仰も人それぞれです。たまには、何気ない一言で傷つけたり、傷つけられたりしますが、最後には神さまの大きな恵みが感じられます。

遠藤氏の作品は、神を愛する一人の人間として、本や雑誌を通して分かち合いをしているのだと思います。理論による神でなく、人を介した思いによって福音を広げているのです。これは、私がインターネットを介して分かち合いをしているのと同じです。

自ら「沈黙」のキチジローだという遠藤氏の作品は、私の心にとても響きます。そして、私はこう思うのです。

良く生きるためだけに神がいるのではなく、生きる勇気を与えるためにこそ神がいる

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2008/06/08

私にとって神とは - 信仰義認 -

信仰義認(リンク先はWikipedia)というのは、教会一致(エキュメニカル)運動の流れの中で、カトリック教会とルーテル教会が1999年に合意したものです。それまで、カトリック教会は行為義認(善行によって神は人を義とする)としていました。

義とされる行為は信仰が元になって行われているので、基本的には大きな違いはないようにも思われますが、極限状態においては大きな問題になると思います。

遠藤周作さんの「沈黙」では、その極限状態が描かれています。
(以下、ネタばれしていますのでご注意ください)

沈黙のエンディングでは、強い信仰をもつ神父が棄教を迫られ、信者の拷問と自身の信仰の間で苦しみます。そして、いよいよ踏み絵を踏もうとする神父に対して、神が「踏むが良い」と言われます。

殉教、すなわち信仰のために命を投げ出すことは信者の最も美しい姿とされ、現在も殉教者が福者や聖人として扱われています。そのため、棄教すること、あるいは偽証することを神が認めるはずはないと、当時はかなり批判を受けたようです。

しかし、踏み絵を踏む瞬間、神父は神父である前に人間として神と接し、神の愛を実践したのだと思います。そこには、請願時の誓いや神父という立場、カトリック教会すらありません。神との関係において愛の行動をする、それしかなかったのです。

かつてお世話になった神父さまが、「信仰とは神さまを一番に置くこと」と言われていました。その時は行為義認的に「義務感」を感じてしまいましたが、実はもっと深い言葉だったのかもしれません。

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2008/05/29

私にとって神とは - ご聖体 -

ご聖体というのは、ミサの中で信者に配られるパン(ウェハースのようなもの)です。ミサは最後の晩餐を模して行われるので、信者たちで食事をしていることになるのですが、そこには、深い意味が隠れています。

この深い意味を知るには、キリスト教の聖典である旧約聖書の内容と新約聖書の内容が「相似形」(似たような内容)を構成していることを理解する必要があります。旧約聖書というのは天地創造(世界の始まり)からのユダヤ人(イスラエルの民)と神の契約が書かれたものです。新約聖書というのはイエスさまの誕生から弟子たちの時代までのことを書いた神さまとの契約です。新約聖書を読むときには、旧約聖書に書かれた相似形の内容を知ることで、より深く理解することができます。

ミサ
相似形はミサ中の聖書朗読にも表れます。ミサでは第1朗読で旧約聖書、第2朗読で使徒書(弟子たちの書いた手紙など)、第3朗読で福音(マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネによるイエスさまの誕生から復活までの話)が主に読まれます。この3つの朗読が実は同じような内容のものが選ばれ、相似形になっています。

先日の「キリストの聖体」ミサでも第1朗読が「神の賜る良い土地/主を忘れることに対する警告」(申命記8・2-3,14b-16a)で、神さまから与えられたマナのお話で、ご聖体はマナと同じように神さまからの恵みであることを示しています。

最後の晩餐(リンク先はWikipedia)
第3(福音)朗読「イエスは命のパン」(ヨハネ6・51-58)にあるように、最後の晩餐の中でイエスさまはご聖体(パンと葡萄酒)がキリストの体と血であることとされました。これはイエスさまが十字架にかけられる前、過越し祭のことでした。

過越し祭(リンク先はWikipedia)
イエスさまの時代のユダヤでは、過越し(すぎこし)の日に羊を屠りいただくのですが、これは神様への感謝のしるしでした。かつてイスラエルの民がエジプトで奴隷として働いていた時、神さまがエジプト脱出を手助けするため、エジプトの子供(初子)を殺されたのです(恐ろしい話ですが、そこまでイスラエルの民は追い込まれていました)。

その際に、イスラエルの民を区別するために「家の戸口に羊の血を塗るように」と神さまは指示されました。神がすべての初子の命を奪われるとき、戸口に羊の血が塗られていれば神さまが過ぎ越されました。このことを祝って過越し祭では、羊を屠り、神の恵みが祝われたのです(出エジプト記12章)。

パンと葡萄酒
過越し祭では羊とパンをいただきますが、イエスさまと弟子たちには羊はなく、パンと葡萄酒をいただきました。そして、そのパンはキリストの体であり、葡萄酒はキリストの血であると言われたのです。ミサで「神の子羊、世の罪を除きたもう主よ」と歌いますが、キリストは過ぎこしに屠られる羊だったのです。

アブラハムと羊
聖書の中には羊の話はたくさんありますが、受難のキリストをもっともよくあらわしているのは、最初の預言者で「信仰の父」とも呼ばれるアブラハムの話に出てくる犠牲となった羊(創世記22・13)だと思います。

神はアブラハムの信仰を試されました。ようやく得た妻との息子イサクを神にささげろと言われたのです。アブラハムは神への愛の証としてイサクを捧げるため、イサクと共に命じられた山に登りました。いよいよ、刃物でイサクの命を奪おうとした時、神はアブラハムを止められました。そして傍らにいた雄羊が犠牲となり、ささげられました。この雄羊はイエス・キリストを表しているそうです。

神は、アブラハムが子供をささげることは止められましたが、その代りに神のひとり子が捧げられました。神は愛のあかしとしてイエス・キリストをささげられたのです。まさに

神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。(ヨハネ3・16)

のです。

罪の贖(あがな)い
その神の子であるイエスは、人間の罪を贖いました。旧約聖書を読むと、よくこんなことができるものだと思うような、ひどい行いを人類はしてきました。人類は神に作られ、初めは神と共に暮らしていました。しかし、アダムとエヴァ(イヴ)以来、人類は罪に罪を重ねてきました。

自分の背負っている罪を十字架と呼ぶことがありますが、キリストの担いだ十字架は人類の罪だったのです。父なる神から送られた救世主イエスは十字架上で、

「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」(ルカ23・34)

と、人類の罪を贖ったのです。人間であるイエスが十字架にかかることによって、罪はゆるされ、遠ざかっていた神との距離は近づきました。

まとめ
このようにキリストの受難は神の愛の証であり、人類の救済でした。十字架に架けられたキリストそのものであるご聖体をミサで頂くことは、神の愛をみとめ、受け入れることです。

ご聖体、それは私にとって、一週間のパワーの源なのです。

(聖書の引用は日本聖書協会 新共同訳)

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2008/05/23

私にとって神とは - 神の愛 -

神がまずわたしたちを愛してくださった」(一ヨハネ4・19)この言葉ほど神の愛を表わす言葉はありません。

キリスト教は博愛主義といわれ、無償の愛、すなわちアガペーが特徴といわれています(そういう風に高校の倫理社会でも教わりました)。このアガペーは単なる優しさでは無いと思います。そうせざるを得ないような魂の底からくる強い愛がアガペーなのです。

イエス・キリストが十字架に架けられた時(このことを受難と言います)まで、弟子たちはアガペーについてイエスさまから教えを受けていました。善いサマリア人放蕩息子のたとえ、そして、山上の説教、など、アガペーとは何かを弟子たちは聞いていましたが、本当の意味はわかっていなかったようです。

受難の話は裏切りの話でもあります。イエスを売り渡したイスカリオテのユダはもちろんのこと、ペトロをはじめとする弟子のほとんどがイエスから離れ、死を迎える瞬間に立ち会うことはありませんでした。

ユダの裏切りで兵隊がイエスをとらえに来た時、弟子は剣を抜きました。山上の説教で「だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい」(マタイ5・39)と教えられていたのに、兵隊の耳を切り落としてしまいました。この弟子は敵を愛することができなかったのです。

ペトロは、最後の晩餐で「主よ、御一緒になら、牢に入っても死んでもよいと覚悟しております」(ルカ22・33)と言っていました。しかし、イエスが捕えられた時に「イエスの仲間だ」と言われると3度も否定しました。このとき、ペトロは連れ去られるイエスが気になっていたので、後をつけたはずです。しかし、身の危険を感じるうちに主を否定し、最後には自分のことだけを考えて

ペトロは呪いの言葉さえ口にしながら、「そんな人は知らない」と誓い始めた。(マルコ14・71)

のでしょう。この呪いの言葉というのは別の訳によると「神に誓っても」と言ったようです。

しかし、ひどい話です。イエスさまの思いも知らず、弟子たちは、えらい者はだれかと議論していました(ルカ22・24)。きっと遠藤周作さんの言われるように、イエスさまをイスラエルの国を救う現世的な救世主と思い、高い地位をねらっていたのでしょう。また、ゲッセマネで死の恐怖と闘いながらイエスさまが祈られた時、傍らで寝てしまいました(マルコ14・37)。

そして、イエスさまが処刑される時には、弟子たちは聖書に出てきません。イエスさまが自分たちのことを悪く言ったり、刑を逃れるために自分たちのことを言うのではないかと、どこかに隠れていたのでしょうね。とんでもない弟子たちです。

しかし、救世主イエスは裏切りませんでした。弟子たちを本当に愛していたイエスさまは弟子を守りました。そして傍らの罪人や命を奪おうとする者に対しても祈ったのです(ルカ23・34)。

ペトロは竹を割ったような性格で、弟子たちの兄貴分です。イエスさまに足を洗ってもらった時、初めは恐縮していたのに「主よ、足だけでなく、手も頭も。」(ヨハネ13・9)と言い出すようなお調子者です。最後の晩餐で「死んでもよい」(ルカ22・33)と言ったのも少し調子に乗っていたのでしょう。

そんなペトロですが、イエスさまを愛しているつもりでした。もちろん、愛という言葉の意味もイエスさまの教えで理解しているつもりでした。でも、実践できませんでした。そして3度も裏切りました。やはり彼も人間、自分がかわいかったのでしょう。

イエスさまは愛を実践しました。人は愛されたなら、その人を愛することができますが、愛してくれない人を愛することは困難です。でも、イエスさまは弟子たちに裏切られながらも常に愛されたのです。

イエスさまを愛し続けることができなかったへなちょこなペトロですが、その後の力強い宣教活動を見ると、まるで別人のようです。遠藤周作さんは、これこそ奇跡だと書かれました。私も「これぞ神の業」だと思います。

ペトロはイエスさまの愛を確信していなかったのでしょうが、受難によってイエスさまはその愛を証明されました。その愛は「優しさ」などというようなものではありません。「私にはそれしかできない」というような強い思いです。人がイエスさまを愛したからではなく、最初に神が愛されたのです。

遠藤周作の「キリストの誕生」を読む間に私は救われました。裏切られようが、命を奪われようが、弟子を、兵士を、人類を愛されたイエス・キリスト。その姿に触れることで、自分の傲慢さ、自己中心的な考えをこえて次に進むことができたのです。

イエスさまは弟子のために亡くなられたのかもしれません。人類のために亡くなられたのかもしれません。でも、私には、はるか2000年前に私のためにも亡くなられたような気がしています。

私はペトロのように愛を知らなかったのかもしれません。それとも社会に揉まれて忘れてしまったのかもしれません。人と人の間に愛がなければいけないのに、損だとか得だとか、自分の仕事じゃないとか、おいしいところを持っていかれたとか、しみったれた傲慢な人間だったのです。

もっときれいな心にならなければ人を愛することは難しいかもしれません。でも、先に神が愛されたので、きっと私も人を愛することができるはずだと信じています。メルセス会のように力強い愛の実践はできなくても、きっと私にふさわしい愛し方があると思っています。

神に感謝!

参考:遠藤周作の「キリストの誕生」

(聖書の引用は日本聖書協会 新共同訳)

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2008/05/18

私にとって神とは - 救いの三位一体 -

今日は三位一体の祭日のミサでした。祝祭日のミサでは関連する福音が読まれますが、今日はどうも片手落ちです。三位一体なのに聖霊が出てきません。しかし、福音のヒントには、今まででもっとも受け入れやすい説明が書かれていました。

今までは、バランスの悪い三位一体のイメージがありました。父と子が一致していることは聖書に記述がありますが、聖霊は神が弁護者として送られたとされているものの、聖霊が神と一致しているイメージ無いからです。

今日のミサの福音のヒントには、こんな風に書かれていました。

神の人間に対する決定的な救いの働きが、「イエスの派遣」「聖霊の派遣」という二通りの仕方でなされた

とイエスさまと聖霊の派遣を同列に説明し、さらに

イエスの父である神が、子であるイエスと聖霊を通してわたしたちに決定的な救いの働きかけをしてくださった。ここに「救いの三位一体的な構造」が現れてきます。

と三位一体を救いの構造で説明されています。これまでは、3つのペルソナの「あり方」を考えてバランスが悪いと考えていました。しかし、「救い」という観点で考えると、

  • 父なる神が預言者を通して人間を救おうとされた時代
  • 御子であるイエスさまを地上に送って神の言葉を直接伝えられた時代
  • 聖霊降臨によって人々を救いに導かれている現代

という3つの時代に分かれ、それぞれのペルソナによって救いの業が行われているのですね。救いの観点で見ることで、ようやくバランスの良い三位一体のイメージを抱くことができました。

今日のミサの説教で「愛の聖霊」という言葉を聞きました。愛の神は、聖霊として我々の傍らで救い、力付け、導いてくださるのでしょう。

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2008/05/15

私にとって神とは - 三位一体 -

キリスト教にとって最も特徴的で、最も難解な教えは三位一体(父と子と聖霊は一体の神である)でしょう。ちなみに、一つの神が3つの姿(キリスト教では位格(ペルソナ)と呼ぶ)をとるというのはキリスト教だけのオリジナルではなく、ヒンズー教や古代エジプト神話にもあるようです。

三位一体は聖アウグスチヌスでさえも難解だったようで、神さまの化身と思しき少年に「全部わかろうなんて、無理な話さ」と言われてしまいます(リンク先は話の森)。

聖書ではイエスさまと父なる神は同一であるという記述もありますが、具体的なイメージはよくわかりません。

ここでは、逆に三位一体でなければ、どのような問題があるかを考えてみます。山野上 純夫著「入門キリスト教の歴史」によれば、ヤーヴェを神とするユダヤ教からキリスト教が生まれた当時の弱点と関係あるようです。

それは父なる神ヤーヴェを崇拝する一神教であるはずが、イエス・キリストを崇拝することで二神教のようになってしまったからです。キリスト教ではユダヤ教と同じく旧約聖書も聖典の中に入れていますが、その中のモーセの十戒に

あなたは、わたしのほか神があってはならない

とあるからです。ユダヤ教徒からは神以外を神としていると批判され、キリスト教アリウス派からもキリストは人であるとの批判を受けました。その苦境の中、すべての市況の集まりである公会議がニケアで開かれ、三位一体が確立しました(ミサ中で唱えられるニケア・コンスタンチノープル信条というのは、別の公会議で定められたものです)。

歴史的にはそのような流れなのですが、神さまが一つ出ないなら信仰の上でどのような問題が生じるかを考えてみます。

まずは、神さまの意思です。天地を創造し「良し」とされた神は、絶対的な力を持ちながら、私たちを愛し、世を完成させようとされています。そんな絶対的な神が二人いて、意見が異なることがあるなら、何を信用すればよいのでしょうか。二つの姿をもつにしても、意見は完全に一致していないと困ります。苦しい時に、その苦しみにも意味がある、無駄なことは何もないと思いたいのに、神さまの間で意見が食い違って、無駄なことがあるなんて考えたくありません。

神ではないですが、仏教の世界には多くの仏様がおられるようです。浄土宗を開いた法然は、当時の仏教の教えに疑問を抱き、ついに万人を救うことのできる阿弥陀仏の経典を見つけました。そんな風に、いままでの教えよりもより良い教えの存在があるなんて想像したくありません。神さまの言葉は絶対的な「真理」でないと困ります。

この絶対的な真理を大切にするには、キリストのは神でなければなりません。もし、神でないとすると、別の預言者がイエスさまの言葉を上書きしたりできます。聖書に関しても同じです。キリスト教の聖典以外を聖書とすると別の宗教になってしまいます。神の直接言われた言葉が記された聖書、それ以上の神の言葉は無いとしなければ、よりどころが無くなってしまいます。

ということで、聖霊に位格(人間でいえば人格に当たる)がなぜ必要かは、良く説明できていないのですが、やはり、父(ヤーヴェ)と子(イエス)は神として一体でないと困るのです。だから、三位一体に「アーメン」と言っています。

おまけ:
神は唯一絶対とする思想は、他の宗教に対して排他性を持ちます。しかし、世の中には良い宗教もあり、私はほかの宗教を否定することはできません。そこで、私はアブラハムの宗教の歴史にならって、他の宗教の神仏は天使だと思うようにしています(Wikipediaの解説参照)。

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2008/05/11

私にとって神とは - イエスは神か -

キリスト教は解釈によって、昔から分裂を繰り返してきましたが、イエスが神であるかどうかはかなり古い議論(リンク先はWikipedia)です。

しかし現代において、この議論はかなりナンセンス(死語?)です。あるAがBであるという議論をする場合、まずBを定義しなければなりません。つまり、イエスが神であるかどうかを議論するには、まず、神という言葉を定義しなければなりません。

神(God)という言葉を辞書で引くと、さまざまな定義が出てきます。英語の辞書では一神教では不可算名詞、多神教では可算名詞などと出てきます。さらに宗教によって神の定義は大きく異なります。

つまり神の定義によって答えが変わるということになります。「父と子と聖霊」の三位一体を神とするキリスト教ではイエスキリストは神そのもの、イスラム教なら預言者者、ユダヤ教なら偽メシア、ということになります。結局、どの定義を是(アーメン)とするかということになります。

私はキリスト教の教義に対して「アーメン」と言いました。この「アーメン」という言葉は、信仰の告白に用いられるのですが、「然り」、「はっきり言っておく」、「信じます」、「そのとおり」、「その通りでありますように」、というように訳されます。私のアーメンは「その通りでありますように」です。

哲学の世界では、神の存在証明が試みられたり、「神は死んだ」と書いたニーチェが発狂しました。行いで証をした人はいますが、神さまに会ってその存在を証明した人はいませんし、神さまのいる世界といない世界のどちらも成り立つと思います。

私も神様の働きを感じることはありますが、それも偶然とか思い込みという言葉で説明できるものです。でも、神様がいない世界は苦しすぎます。神さまがいるとすればすべてのことに意味があり、どんな苦しいことも良いことにちがいないと思えます。だから、わたしは「その通りでありますように」と言ったのです。

私の信仰はそんな弱いものです。でも信じるというのはもともとそういうものですし、苦しみを乗り越えて明るく生きていくために、私は信仰を捨てることはできません。

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2008/05/10

私にとって神とは - 導き -

救いというのは信仰のきっかけになりますが、信仰ではありません。信仰に至るには導きを認め、イエスが神であることを是とする必要があります。ここでは、私の経験から導きについて書こうと思います。

神さまに救いの業を受けても、それを恵みと感じなければ信仰にはなりません。「偶然」とか「ラッキー!」と思ったなら、それだけのことです。聖書の中でも「重い皮膚病を患っている十人の人をいやす」(ルカ17・11-19)というお話があります。

イエスさまに10人が皮膚病を癒されたのですが、そのうち一人のサマリア人だけが感謝してひれ伏しました。イエスさまは「あなたの信仰があなたを救った」と言われます。皮膚病が治ったのは10人でしたが、本当に救われたのは神を賛美した一人だけだったのでしょう。

そもそも私がキリスト教の本を読んだのも偶然でした。父が亡くなって葬儀の後、カトリックの学校で育った妻が「仏式だと気持ちが入らない」と、私の葬儀は教会でしたい(先に死ぬことが前提です:-)とのこと。私が死んでからのことなので、別にどのような葬儀でもよかったのですが、親の宗派の本とともに遠藤周作さんの本を読んでみました。

その時は、仕事の苦しみが救われることは期待していなかったのですが、救われちゃいました。ひとりで必死になっていたのに、「負けました」という感じです。救われたことでキリスト教に対する興味は増しましたが、それは既存の宗教を受け入れることとは必ずしも一致していませんでした。

それまで宗教を否定していた私にとって、キリスト教を学ぶことに恐怖感を感じていました。高校の倫理社会の授業は結構好きでしたが、十字軍や宗教改革ぐらいの知識しかなく、また、大学の自治会ではカルト的な宗教などの危険性を教わっていました。そんなことから、暴走しがちで一度入ると抜けられないようなイメージがありました。

昔の記事を読んでいただくとわかりますが、そのころは信者じゃない方のキリスト教の解説本やプロテスタントの方の本などいろいろな本を読みました。そして、ある程度の知識を得たころ、どこかに通おうと思いました。

今はカトリックの信者ですが、その頃の候補はカトリックを含めてとりあえず3つほどありました。成人洗礼の方には割と多いようですが、わたしも教会を選ぶつもりでいました。そこで、2ちゃんねるで情報収集して、まずは「最も抜けやすい」とされていたカトリックに行こうと決めました。そのころ妻も通っていたので、こっそり行けるだろうというのもありました。

遠藤周作さんはミサ、特に音楽がいま一つなように書かれていたので、あまり期待していなかったのですが、はじめてのミサは感動的でした。私を救ってくれたイエスさまを皆が賛美していているのです。当時はミサの意味はよく分かっていなかったのですが、賛美していることだけはわかっていたのですね。

ミサ後に妻の知り合いに紹介されて神父さまにご挨拶すると、入門講座に誘われました。本当は行きたくて仕方がなかったのですが、まだ負けを認めるのが悔しくて、その時は黙っていました。でも、やっぱり行きたくて翌週の入門講座に出ました。

入門講座に出ると十字の切り方を教えていただくなど、結構うれしかったのですが、どうも細かなことが気になって、反論したくなったのを覚えています。教わる立場でしたが、教会を選ぼうとしていたので、神父さまを品定めしようとしていたのでしょう。

何度か入門講座に通ううち、教会を選ぼうとしているのではなく、神さまを選ぼうとしているような気がしてきました。神さまに負けたのに、いまだに負けを認めたくない自分に気づいたのでしょうか。

そんなころ教会の横にある修道院のシスターとご挨拶する機会がありました。妻がその修道会のやっている幼稚園に勤めていて、何か用事があると言うのでついていったのだと思います。翌週に東京に行かれるとのことで「私も出張するのでお会いするかも知れませんね」などと言いながら、「もし本当に会ったら教会を選ぶのをやめよう」と思っていました。

出張の当日、まあそんなことはないだろうと思って駅に行くと、見覚えのあるシスターが、、、思わず避けてしまいました(すみません)。そして、新幹線に乗り込むと同じ車両の何列か前にシスターが座られたのです。私は負けず嫌いですが、このときばかりは負けを認めて、ご挨拶にうかがいました。

そんな感じで偶然が重なり、私はそれを「導き」だと思いました。神さまのご計画というか神様に仕組まれたんですね。「必要なものは与えられる」と言いますが、必要な時に必要なものを神さまは与えられたのです。

神さまのご計画というのは、天地創造からこの世の最後の時まで、この世の完成に向けてより良くなっていくというものです。そのために行われる神さまの働きかけが「導き」で、気付かなかっただけで、私もご計画の中に組み込まれていたのでしょう。

私は、救われ、導きを認めました。信仰に至るには、あとはイエスを神とするかどうかだけでした。

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2008/05/08

私にとって神とは - 救い -

ここ何日かのpinpinkororiさんに頂いたコメントを読んで、私の思いを書くことがどなたかの役に立つこともあるのではと、少しずつ書いていこうと思います(あまり、コメントできなくてすみません。すべて読んでいます>pinpinkororiさん)。タイトルは遠藤周作さんの作品と同名ですが、作品とは関係ありません。まずは「救い」について書いてみたいと思います。

人が「救い」を感じるときは、こんなときだと思います。

(1) 不安が取り除かれたとき

特に死に対する不安は、誰しもが少しはあるのではないでしょうか?かつての私は、死ねばそれまでと思っていました。そんな私は、「生きている間は思いっきり生きて、前向きな状態で死にたい」などと思っていました。しかし、これも生きている自分を守ろうと必死になっていたのかもしれません。

また、今のように変化の激しい時代に生きていると、将来に対する不安というものもあります。転職しなくても、今の仕事が退職するまで変わら保障はないですし、転勤などの可能性もあります。大変な仕事が続くと健康への不安もあるでしょう。

そんなときに、この世は完成に向かっている。物事にはすべて意味がある。最初に神が愛された。ということが、未来に対する不安を取り除いてくれます。「なる様になる」ではなく「なるべき状態になる」と思えるのです。

(2)希望が見えた時

人は人と関わりを持たないと生きていけませんが、不完全な人同士が関わることで苦しみも生じます。他の人が信用できなかったり、孤独を感じたり、それは「絶望」という言葉にふさわしい苦しみかもしれません。

晴佐久神父の説教集で電話帳に教会の電話番号を載せるお話がありました。名前のほかに文章を入れることができるけれども、結婚式場みたいな宣伝ではなく、なにか福音的な言葉を載せたいということで、たしか「あなたも神さまに愛されている」というような言葉でした。すると、あるとき電話がかかってきて、お礼を言われたそうです。その方は、絶望のふちにあったが、何気なく電話帳を見て、その言葉に救われたそうです。

私が、ミサに行くのはこのためです。その方のように絶望には至らなくても、日常生活の中で押し殺している苦しみが誰にでもあると思います。ミサ中の聖句や聖歌にある、神さまの言葉に触れて、希望の光が見えることがあるからです。

(3)緊張がほぐれた時(思い込みからの解放)

とんでもなく大変な時、人は破裂寸前の風船のように緊張で張り詰めることがあります。そんな時は周りが見えず、周囲に迷惑をかけたり、人を非難したり、自分はだめだと決めつけたりします。自分が壊れてしまいそうな苦しみです。

私は洗礼を受ける前に、自分の背負った重責に心が押しつぶされそうになっていました。そんな時にイエスさまに出会いました。 イエスさまは孤独という苦しみの中で絶望せず、鞭打たれ、茨の冠を載せられ、十字架を背負い、手足を打たれながら、父なる神にとりなすという重責を果たされました。

遠藤周作さんの「キリストの誕生」で描かれたイエスさまは、がむしゃらになるのではなく、弟子に裏切られても苦言の一つも言わずに、淡々と人類の救済を行われました。その姿を知り、必死になっている自分を振り返ることができ、緊張がほぐれ、苦しみがら救われました。

なぜ、私の緊張がほぐれて救いを感じたのかはよくわかりません。まだまだ努力が足りないと思ったか、イエスさまの苦しみに共感したのか、イエスさまの優しさにほっとしたのか、それとも自分の小ささを感じたのかもしれません。とにかく、私は救われたのです。

人が救いを感じるとき、そこには「愛」があります。愛は希望の光です。希望の光に照らされた道を歩むこと、それが「信仰」なのだと思います。

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