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2015/01/12

ヨハネから洗礼を受けられた

昨日の福音は、キリストが洗礼者ヨハネから洗礼を受けられるお話でした。河原町教会の説教では「ヨハネが『わたしは、かがんで履物のひもを解く値打ちもない』と言ったように、神であるイエス様は洗礼を受ける必要はなかったが、謙遜して我々と同じように洗礼を受けられた」とお話しされました。

生まれながらにして神、それはキリスト教主流派で大切にされている点です。キリスト教の最初の異端であるネストリウス派(リンク先はWikipedia)は、キリストの人格を認めているからです。

ネストリウス派は中国に渡って景教と呼ばれ、仏教に影響を与えたと言われます。それはそれで良い事だと思うのが、私が仏教や神道でなく、キリスト教を信じたのは、遠藤周作の著作を読んで「キリストに負けた」と思ったからです。人が高みにたどり着く事や神になる事がベースにあるのではなく、自分は足りていないものである事を認めたところから始まるホッとする、心の安らぎを感じたからです。

キリストは人間である洗礼者ヨハネから洗礼を受けられましたが、それは罪を清めるためでなく謙遜であった。その説明にキリストの恵みを思い出しました。

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