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2014/08/24

パンくず

先週のミサではマタイ15・21~28のカナンの女がキリストにすがりついて、イスラエルでなくても犬の様にこぼれたパン屑ならと神様の恵みをいただくお話でした。

この日は幼児洗礼式もあって、赤ちゃんが洗礼の恵みをいただいていました。我々もこぼれたパンのようなお恵みのお裾分けにあずかって幸せな気持ちになりました。

先日の5つのパンと2匹の魚のお話では、みんなでパンを分けた後にかご一杯のパンくずが残ったとされていました。パンと魚をわけた人々は、洗礼式に立ち会った私達のように幸せで満たされたということなのでしょうね。

IT関係でパンくずというと、Webページの上の方にある

   TOP > アクセス > 地図

という風にホームページからその画面までの経路を示す表示のことを言います。

これは、グリム童話『ヘンゼルとグレーテル』から来たそうですが、ミサ中は「青い鳥」だったっけなどと考えていました。

今日のミサはマタイ16・13-20のペトロがキリストをメシアと呼ぶお話で、説教ではペトロのその後の行動でわかるように、この信仰はペトロが得たのではなく、神様が与えたもので、それは私達がミサに集まる恵みを与えられたのと同じだと説明されました。

ひとは自分の人生をコントロールしていると思って、うまくいけばついつい自信過剰になり、失敗すれば自分はダメだと思います。でも、人生は与えられたものなので、未来を信じて今を誠実に生きていればそれで良いのだと思いました。

さて、上に書いたWebページのパンくずですが、それを辿るとホームページに戻れます。幸せは探さないと行けないものではなくて、青い鳥のように身近なところにすでに与えられているものなのでしょうね。気負ったり、落ち込んだりすることなく、目の前にあることを誠実に果たせばそれでよいのでしょう。

あっ、そういえばグリム童話でしたね。この間違いもお恵みなのでしょう。

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2014/08/03

哀れみ=compassion(同情)

今日のミサの福音(マタイ14・13-21)は5つのパンと2匹の魚で2000人以上を満たしたお話でした。数式で表すとこんな感じです。

  5 + 2 > 2000

#こういうTシャツを作ったと、シスターから聞きました。

このお話は過去にも書いた(その1その2)ので、わかっていたつもりです。しかし、説教を聞いて驚きました。

前半に出てくる「大勢の群衆を見て深く憐れみ、その中の病人をいやされた」の「憐れみ」は「compassion」だと説明されました。「compassion」はコンパチに通じる言葉で、同じ心を持つと言う意味だそうです。

憐れむと聞くと、上からかわいそうに思うイメージがあったのですが、そうではなく、神様が同じ心を持たれたのです。

いつも傍におられる神様は、遠くから気の毒に思うのではなく、迷子の子供に話すように目の高さにしゃがんで、共に悲しんでくださるのだと思いました。

5つのパンと2匹の魚のお話は、少ない食べ物で5000人を満たされた奇跡のお話です。でも、共に悲しんでくださる神様を知ることで、心がいっぱいになったのだと思いました。

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