« 優しさは信仰の賜物 | トップページ | 「あ~ぁ」 »

2012/02/06

福音を述べ伝えなさい

今日は一日お休みするつもりでしたが、5年ぶりにお会いできる方が遠方より来られたので、玉造教会で高山右近列福祈願ミサに与りました。

洗礼を受けてまだ5年足らず。洗礼を受けた当初に抱いていた宣教のイメージが変わりつつあります。当初は自分が救われたことを語ることで、キリストに触れる機会が増えて多くの人が救われるという思いを持っていました。しかし、神様に救われる形は人それぞれで、どう救われたかはあまり関係なく、他の人に語るなと言われてもついつい言いふらしてしまった人たちの様に、熱く語ることで大切な何かがあること伝わっていただけのように思います。また、学ぶたびに恵みを感じていたカテキズムを語ることも大切なことではありますが、そのことが頑なな人の心を開くものではないように思います。

最近思うのは、私自身がいかに生きるか、それにによってどう証するかだと思います。最後の審判のお話の様に、神様にするように誰にでも接する、誰もが大切な人として接する。それが大切なように思います。

今日はミサの後、とても幸せな時間を過ごしました。地元の人間としては案内に失敗したりなど、失礼なこともあったのですが、神様に向かい合う人間同志として素敵な時間が過ごせました。日頃、高山右近のことはあまり考えたりしない私ですが、お話しするうちに自然と葬儀の際に棺を担いだ右近を思い出し、その素晴らしさを語ることができました。それは、人が人を大切にすることが神様を証することであり、それこそが最高の宣教であると思えたからです。

年をとると、本当に色々と困難なことが起きます。しかし、どんな時もいい加減な行いをするのではなく、人を大切にすること、そうすれば、それがきっと証になるのだと思っています。

|

« 優しさは信仰の賜物 | トップページ | 「あ~ぁ」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/138594/53913462

この記事へのトラックバック一覧です: 福音を述べ伝えなさい:

« 優しさは信仰の賜物 | トップページ | 「あ~ぁ」 »