« 2011年7月 | トップページ | 2011年11月 »

2011/10/10

救われて6年

父の死をきっかけに遠藤周作さんの著作を通してキリストを知り、傲慢な自分の心が解き放たれて6年がたちました。

教会の入門講座を受ける中で、腑に落ちなかったのは

「洗礼を受けて楽になると思ったら大間違いだ!もっと苦しくなる。」

神父の言葉です。当時はその意味が良くわかりませんでした。今にして思えば、洗礼は神の国に入るよう努力する約束で、洗礼を受けたからと言ってそれがゴールではない。ということなのでしょう。

洗礼を受けることで罪は清められますが、罪を犯さない人にはしてもらえません。今まで通りただの人ですから、人のことをうらやましく思ったり、欲深かったり、他の人もしているのだから、などという思いは昔のままです。そんなときに、これはだめだ!これは神様の思いではない!などと気付いてしまうわけです。したくてもできないし、もし、判断を誤って罪を犯したなら、その時の自己嫌悪は相当なものです。

洗礼を受けて3年ぐらいはそんなことはありません。毎週教会に行って、いろいろ奉仕して、とにかくこれまでの生活を改めようとしますから、心配はありません。問題は3年を過ぎてからです。

かつて「信仰とは神様を1番におくことだ!」と教わったことがあります。もちろん、神様の思いは優先します。しかし、神様が与えられたチャンスと、共同体での奉仕を選ぶなら、どの内容にもよりますが私は前者を選びます。さらに、ミサに与ることや赦しの秘跡に与ることとなってくると、どんどん難しくなってきます。

また、自らの信仰告白をどうするかという問題もあります。人前で祈るがごとく常に表明するのか、周りの人を意識しながら、表明しないものの隠さないのか、人それぞれの状況や考え方によるでしょう。私は、普通に生きながらもキリスト者であること、表立っては信仰告白しないが遠慮もしないし、隠しもしないようにしています。

まあ、今までは自分の気持ち通りに生きていたものが、こんな風に色々と考えないといけなくなるのですから、そりゃ大変です。かつて、とあるシスターが「終身請願してしまったからしかたない」といった表現をされて、驚いたことがあります。でも、今ならなんとなくわかります。

私は、キリストの負けて洗礼を受けてしまったのです。私は「あなたに従いますと」神様と約束したのです。色々迷いや悩みがあっても、正しい道は神様の示す道だと知ってしまったのです。どんなに苦しくても、それ以外の道は選べないのです。なzなら、真理を知ってしまったのですから。

それは、楽な道ではありません。とても苦しい道です。でも、昔とは違う苦しみです。神様に負けた時のような、すがすがしい苦しみです。なんか損をした気持ちになることもありますが、その先に主の平和があることを知ってしまったのです。

人が神に従うことは苦しいですが、その先には喜びがあるのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011/10/02

みんな、それぞれ幸せだった - おひさま 最終回 -

NHK朝の連続テレビ小説「おひさま」。ずっと見ていましたが、作者の訴えたいことが何か、よくわかりませんでした。しかし、最後になってようやくわかると感動しました。

今回のシリーズは、ある主婦が道に迷ったことがきっかけで、主人公の昔話を聞くという形で話が進みます。主人公の子供のころからはじまり、友人とのきずな、初恋、夫との出会い、戦争、終戦、戦後、とその人生が語られていきます。その様な話を聞く中で、現状に不満を持っていた主婦が、現状を受け入れて家族を大切にするようになるお話でしした。

そして、主人公が最終回で語りました。

「みんな、それぞれ幸せだったと思うわ。」

たぶん、これが作者の言いたかったことなのでしょう。「おひさま」のような主人公「陽子」。「太陽の陽子です」という陽子は、様々な苦しい出来事の中でも、現実を素直に受け止め、周りの人や自分の気持ちを大切にしました。周りの人もそうでした。結婚する友人、好きな人を思いながら仕事に生きる友人、それぞれの境遇の中で苦しいことがあってもやはり幸せに生きました。

今回のシリーズの中で最も苦しんでいたのは、戦争で妻を失った兄の友人でした。自分が満州に連れて行ったために死なせてしまった。そんな風に自分を責め続けた人でさえ、実は奥さんが夫に必要とされることで大きな幸せを感じていたのでした。

人によって、贅沢をすることが幸せとか、健康で長生きすることが幸せとか、色々な価値観があると思います。でも、幸せを感じるには、「現状を受け入れる」ということがとても重要だと思います。どんなに贅沢をしようと、どんなに長生きしようと、現状に不満を持っていたのなら、幸せを感じることはできないでしょう。

そして、周りの人と自分を大切にすることも幸せを感じる条件です。もし、自分だけの幸せを追及する、他の人を尊重しない、自分を大切にしない、そういう人が現実を受け入れたとしても、決して心が満たされることはないでしょう。自分を大切にしつつ、人にも優しくすることで、なんだか幸せな気分になるのだと思います。

最終回で、主人公が

「みんな、それぞれ幸せだったと思うわ。」

そう思えたのは、人それぞれの人生をそれぞれ受け入れ、自分を大切に、人にも優しく、真摯に生きていたからだと思います。そのような生き方だからこそ感じられる「ほっこり」とした幸せを主人公は知っていたのです。だからこそ、言える言葉なのだと思いました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年7月 | トップページ | 2011年11月 »