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2011/02/13

しかも快く忠実にそれを行うことができる

今朝は帰省してた息子が東京に戻るので出遅れてしまい、ミサに行こうか、行くとしたらまだ間に合う教会に行こうか、と少し悩みました。しかし、そんなふうに悩んだ時は所属教会と決めているので、考えるのをやめてミサに向かいました。

聖堂に入ってすぐに始まった聖書朗読は、こんな言葉で始まりました。

その意志さえあれば、お前は掟を守り、
しかも快く忠実にそれを行うことができる。(シラ15・15)

ミサにあずかることは掟です。疲れているとき守らななくても罪悪感は感じませんが、ミサに与った時はとても心地良いものです。

主は、不信仰であれとは、だれにも命じたことはなく、
罪を犯すことを、許されたこともなかった。(シラ15・20)

何も考えず、神に従うだけで良いのだ、そう思っていると答唱詩編では

かみよあなたのことばはわたしのあしのともしび

と、私の好きな心に響く歌詞でした。さらに福音は

しかし、わたしは言っておく。一切誓いを立ててはならない。(マタイ5・34)
                  :
あなたがたは、『然り、然り』『否、否』と言いなさい。それ以上のことは、
悪い者から出るのである。(マタイ5・37)

自分勝手に物事を決めつけて裁くのではなく、神の言葉を素直に聞く、それが心に平和をもたらすのでしょうね。

(聖書の引用は日本聖書協会 新共同訳)

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