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2010/11/28

おまんにも必ずやるべきことがあるがぜよ。 - 龍馬伝 -

今日から待降節、大きな祝い事の前にはその準備のための期間が用意されていて、待降節のほかにも四旬節などがあり、待降節と四旬節では栄光の賛歌が歌われない、云々を書くつもりでした。

しかし、今日の龍馬伝を見て、そのことを書こうと思いました。

坂本龍馬は、番組中に出てきた

「世の中の人はなんとも言わば言え、我がなする事、我のみぞ知る」

という言葉で分かるように、クリスチャンではありません(クリスチャンなら、神様だけは分かってくれていると信じているはずです)。しかし、海外の文化も知っていた龍馬の思いは、西欧文化の背景にあるキリスト教の影響を受けていると思います。そのためか龍馬の甥の坂本直寛さんは牧師です。

今日の龍馬伝では、三菱財閥を起こした岩崎弥太郎さんに対して、竜馬が言いました。

「おまんにも必ずやるべきことがあるがぜよ。」

この言葉は、神様の恵みを表していると思います。

人それぞれの人生、それぞれに輝くことができるはずです。野に咲く花のように、誰もが栄華を極めたソロモンよりも、すばらしい人生が用意されています(マタイ6・25-34、リンク先は日本聖書協会)。それは人には分からない輝きかもしれません。でも、きっと見つかるあなただけの輝きです。

あなたにも、やるべきことが、きっと用意されているはずです。

「おまんにも必ずやるべきことがあるがぜよ」

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2010/11/20

[入門] 信仰、希望、愛と三位一体

信仰、希望、愛はキリスト教の3つの徳と言われています。聖書にはこうあります。

信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。
その中で最も大いなるものは、愛である。
(一コリント13・13)

個人的な感想として、この信仰、希望、愛は三位一体の神と良く似ていると思っています。

父なる神は主に旧約聖書に書かれていて、人間と神との「信仰」が語られてきました。もちろん、信仰を通して人間は希望を得て、神の愛に守られてきました。しかし、人々の信仰はより形式的になり、神の愛から離れていきました。

そして、神のひとり子であるイエス・キリストが、人々に本当の「愛」を伝えにきました。その愛は、信仰に基づくもので、人々に希望を与えました。形式的な律法に支配されるのではなく、愛に生きることを教えられました。

受肉し人間となったイエスは十字架につけられ、代わりに聖霊が送られました(聖霊降臨:ペンテコステ)。聖霊はいつも傍に居てくれる弁護者です。私たちがいつもイエス・キリストを感じ、「希望」を失わずに祈ることができるのは、聖霊のおかげです。そのような信仰によって、他人の存在を認め、愛することができるのです。

このように、信仰、希望、愛と、父なる神、イエス・キリスト、聖霊は不可分です。それぞれが響き、増幅し、豊かな恵みをもたらすものです。独立しているようで一致している三位一体はそのようなものだと思います。

このような考えは神学に基づいたものではなく、個人的なとらえ方です。このように、自由に解釈することが、難解な神学から離れて、実生活での信仰を豊かにしてくれると思います。

ところで、日本では三つ葉のクローバーは、信仰、希望、愛、を表し、四つ葉のクローバーは幸せを表すそうです。そして、欧米では三つ葉のクローバーは三位一体の神を、四つ葉のクローバーはイエスの十字架を表すそうです。

四つ葉のクローバーのこと
http://happy-clover.com/about/

やっぱりつながっているのかも知れませんね。

(聖書の引用は、日本聖書協会 新共同訳)

[入門]タグのついた記事は、カトリックに興味を持つ方へ、一信徒であるさかばの個人的な解説をしています。より詳しく知りたい方はお近くのカトリック教会を尋ねてください。[入門]タグの記事は、カテゴリ「やすらぎへの道」に保存されています。

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2010/11/19

みことばフォトブック

自然の中に偉大な神の姿を感じることはないでしょうか?

日本聖書協会のみことばフォトブックは、そのような社員とみことばが一冊になっています。

特に何も考えずに、私は38ページを最初に見ました。そこには、畏れを感じるような景色と共に神の言葉がありました。

神よ、天の上に高くいまし
栄光を全地に輝かせてください。
(詩編 57編 6節)   

震えるような感動を覚えました。

(聖書の引用は、日本聖書協会 新共同訳)

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2010/11/14

[入門] 自分のできること、くさらんでやってみぃ

NHK朝の連続小説「てっぱん」に出てきた言葉です。この言葉を元に聖書の「タラントンのたとえ」を考えて見ます。

てっぱんの主人公あかりの住む下宿のジェシカさんは30歳になる前にお店を開く夢を持っていますが、なかなか開店の目処が立ちません。主人公は協力をしたいからと経営計画を作るのですが、失敗をしてしまいました。

落ち込むあかりに職人の栄治(赤井秀和さん)が声をかけます。

「あせらんでえぇ、自分のできること、くさらんでやってみぃ」

この言葉に勇気付けられ、あかりは不動産屋と交渉し、新たな展開が生まれました。

聖書には「タレント」(能力)の語源になった「タラントンのたとえ」(リンク先は日本聖書協会)というお話しがあります。

主人(神様)は僕たちにお金を預けます。それぞれそのお金を増やして神様にほめられます。しかし、1タラントン(タラントンはお金の単位)を預けられた僕は、なくしては大変と地中に埋めました。そのことを主人はこうとがめます。

それなら、わたしの金を銀行に入れておくべきであった。そうしておけば、帰って来たとき、利息付きで返してもらえたのに。さあ、そのタラントンをこの男から取り上げて、十タラントン持っている者に与えよ。だれでも持っている人は更に与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまでも取り上げられる。 (マタイ25・27-29節)   

この言葉について、これまであまり良く分かっていませんでしたが、上述のてっぱんの話を重ねると良く分かります。神様はたったあかりに1タラントンしか与えなかったかもしれません。でも、それをそれだけでは何もできないと思うのか、

「よし!それでできることを考えよう」

とするかは本人次第です。

自分では大したことができないと思っていても、人それぞれの個性によってその能力は生かせるはずです。人にはないあなたの能力は、とても価値のある能力です。神様は、こう言っているはずです。

「あせらんでえぇ、自分のできること、くさらんでやってみぃ」

関西弁かどうかは知りませんけど、、、

(聖書の引用は、聖書協会 新共同訳)

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2010/11/06

苦労ないんが幸せなんじゃろか

NHK朝の連続小説「てっぱん」結構深いです。

子供が苦労しないようにと見合いを進める親に、主人公の母(安田成美さん)は

「苦労ないんが幸せなんじゃろか」

と言います。幸せと言うのは何だろうかと考えさせられました。
貧しくても、苦しくても、大切なものがある幸せ。それは何物にも変えられません。

世間的な幸せとか、世間体とか、色々な基準があると思いますが、自分の幸せは自分だけのもの、かけがえのないものだと思います。

苦労だろうが、何だろうが、幸せなときは幸せです。ほんのひととき「よかったぁ」と思えれば、それが幸せです。

明日も仕事ですが、くじけません。
すべてが備えられた試練。乗り越えられない試練は与えられないのですから。

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2010/11/03

ほんまのことじゃけん - 受け入れて強くなる -

NHK朝の連続TV小説「てっぱん」で出てきた言葉です。

主人公は養女で、大阪の実のおばあさんの所に住んでいますが、お盆に実家に帰ってきたときのことです。義理の兄が上司を殴ったと言って帰ってきます。そして、家業を守るために、信用金庫を辞めるとまで言っています。

実は、もらいっ子の妹がいて優しすぎるから仕事ができないと言われたからでした。聴くはずのない事実を聞いてしまった主人公が言いました。

「ほんまのことじゃけん」

と、自分がもらいっ子であることも、義兄が優しいのも、本当だからと言いました。

この主人公は、養女であることに苦しんだこともあったのですが、事実を受け入れて強くなりました。避けられない現実、耐え難い現実を受け入れ、前を向くことを知ったのです。

生きていく中で、色々な現実にぶつかります。苦しいこと、大変なこと、逃げてしまいたいこともありますが、それから逃げたり、怖がったり、誰かに責任転嫁しても何も変わりません。

この主人公のように、変えることのできない現実を受け入れることで、前向きに、強くなれるのだと思いました。

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