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2010/05/31

多神教と三位一体

以前から、ギリシャ正教のクリスチャンだった小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が、なぜ日本の多神教文化に惹かれたか、疑問に思っていました。しかし、先日「トイレの神様」を聞いて、なんとなく判ったような気がしました。

夢をかなえてくれる神様、それが多神教の神様だと思います。ただ、ひたすら願えばかなえてくれる、そういう存在は心を豊かに、優しくしくしてくれるのだと思いました。

カトリックで言うなら、それはマリア様をはじめとする聖人になります。一つしかない世界で絶対の存在である神に、願いを取り次いでもらうことをお願いします。でも、全ての願いがかなうわけではありません。

もちろん、全ての願いがかなえばよいのですが、
映画ブルース・オールマイティで描かれるように、全ての人の願いをかなえることは簡単ではありません。聖人や多神教の神様が全ての願いをかなえようとするなら、他の聖人や神様と争わなければなりません。なにかギリシャ神話のようですね。

神様が、世界の秩序を維持し、人間により良い成長を促し、世界を完成に向かわせるには、人間の願いをただ聞き入れるのではなく、本当に必要なものを与えなくてはなりません。そのためには、秩序を維持できるような唯一の神が必要なのです。

しかも、極限の苦しみの中でも希望を見出せます。必要なことであれば自分の息子でさえも処刑されるに任せ、やがてそれが喜びにつながる。父と子と聖霊という3つの位格によって人間を導きながら、それらは一つであり、一貫性が保たれています。

単に望みがかなうのではなく、必要なものが与えられる。そのことを信じることができるのは、神が唯一であり、唯一の世界を完成に導いてくれるからだと思います。

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