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2009/11/08

いつも喜んでいなさい

最近、思い浮かぶ言葉です。聖書のなかでは、こんな感じで書かれています。

いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです。(一テサロニケ5・16-18)

物事には感謝しなさい、喜びなさいと言う風に捕らえていました。でも考えてみると、人生は喜びそのものだということなのですよね。大変なことや、苦しいこと、色々なことが起こりますが、それも全て用意された道であり、喜びにつながるものなのだと思います。

ここのところは色々大変でしたが、今日は河原町でミサに与れました。遅刻ぎりぎりでしたが、久しぶりのミサは喜びにあふれたものでした。

福音は「やもめの献金」(マルコ12・41-44)でした。一人の貧しいやもめが全財産であるレプトン銅貨二枚を献金したお話です。このやもめは、きっと幸せだったのだと思いました。もちろん生活は苦しいし、色々な苦しい思いがあると思います。でも、そんな人生の全てを捧げることができる幸せを、このやもめは感じていたと思います。

話は変わりますが、ミサでの献金はどのようにされているでしょうか?インターネットで検索すると、平均は300円から400円ぐらいだそうです。とはいえ、それまでの一週間を振り返って金額を決めたり、ましてや説教に値段をつけるのも変な感じです。

私は500円硬貨があればそれを、無ければ100円としています。どちらも無ければ50円。それも無ければ1000円と決めています。特に考えずに機械的にしています。1000円を出すことはめったに無いのですが、「もったいない」と思わずに出せたときは、自分の神様に向かう気持ちが確認できたようで、幸せな気持ちになれます。

やもめが献金したときも、きっと幸せを感じていたのだと思います。日々の苦しみの中にあっても、希望をもてるのは神様のおかげ、精一杯の献金と共に苦しみや悲しみを神様に捧げたのだと思います。そうすれば、全てが喜びになり、希望を持って生きていくことができるのです。

世の中では「りあじゅう」という言葉がはやっているようです。「リアルの生活が充実している」と言うことで、彼氏がいるような幸せな状態を言うようです。

これって何か変だと思いませんか。たしかに彼氏がいて、日々デートができるなら幸せでしょう。でも、そうでなければ充実していないのでしょうか?人それぞれに違った幸せが与えられているのではないでしょうか?

だれの人生も、たった一つの人生です。人と同じ人生なんかありません。人と同じ幸せもありません。誰かにとって幸せなことが、他の人に幸せなこととは限りません。他の人から見て不幸なことも、必ずしも不幸とは限りません。

どんなに苦しい状況でも、どんな不幸な状況でも、幸せを感じる力が人にはあると思います。ほんの一瞬でも神様に向かうことで、緊張がほぐれ、ひと時の喜びを感じることができます。

第1朗読(列王記上17・10-16)のように、これで食事がなくなるからと自分のことだけを考えていたなら、死ぬことを待つ苦しみだけが残ったでしょう。でも、エリアと分けあったことで幸せが訪れました。自分のことだけを考えるのでなく、人に与えること、喜びを分けることができたなら、幸せを感じることができるのでしょう。

人と同じような幸せを求めるなら、いつまでも満足できません。でも神様に感謝したり、人に優しくするという幸せを求めるなら、どんなに苦しいときでも喜びを感じることができます。

感謝する心、優しくする心、それは神様が人間に与えたすばらしい能力です。だから、いつも喜んでいることができるのだと思います。

<')))><

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コメント

代父のさかばさんが御ミサに預かれて良かったですheart02
さかばさんが疲れた心と身体が癒されるようにイエズス様にお祈りをしてましたwink
さかばさんに神のご加護がありますようにhappy01

投稿: ケファ | 2009/11/08 23:03

コメント&お祈りをありがとうございます。
大丈夫ですよ。いつも幸せですから、、、

投稿: さかば | 2009/11/08 23:57

うちの教会の説教の中心は初穂ですた

初めての経験やから一生懸命になれる
心の全てをそこに向けれる
子供の頃にお小遣いから献金した10円の方が
大人になってからの千円より価値がある
初めての子供やから試行錯誤するやろけど喜びも大きい
初めての結婚やから嫌なことも経験するやろけんど
2回目よりかは一生懸命心はそっちに向いているはず

神に初穂を捧げることはまことに尊い大切なつとめ

つうような話しどすた^^

投稿: やっちゃん | 2009/11/09 00:36

さかばさんから洗礼の時のプレゼントで頂いた晴佐久神父様の「だいじょうぶだよ」を思い出しましたshine
僕、さかばさんから頂いた本やメッセージはとっても大切にしていますshine
今日は教会のお姉さんから特に代父のさかばさんには感謝しなさいと言われましたけど、僕も社会生活で疲れた時はさかばさんのブログを読んで安らぎを「だいじょうぶだよ」を読んで今ある幸せを噛みしめてますconfident
さかばさん、求道の時から僕をイエス様のもとに導いてくれて本当にありがとうございますshine
さかばさん、心からありがとうございますshine
奥様にもよろしくお伝え下さいねshine
大感謝ですshine
アレルヤshine

投稿: ケファ | 2009/11/09 00:42

>やっちゃん
たしかに初めてのときは真剣に向き合うでしょうね。この人生も初めてのものですし、もっと真剣に向き合うべきなのでしょうね。
初穂を捧げる。大切なことですね。

投稿: さかば | 2009/11/09 22:33

>ケファさん
どっちに転んでも大丈夫なんですよね。
http://www.tomoshibi.or.jp/radio/watanabe/28.html

投稿: さかば | 2009/11/09 22:35

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