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2009/04/27

イエスを通して

今日のミサは、予想していなかったのですが、大司教司式でした(ちょっと驚きました)。
説教は「弟子たちに現れる」(ルカ24・35-48、リンク先は日本聖書協会)でした。説教では、少し前のエマオからの話を振り返られました。

エマオへ向かう道で弟子たちは聖書の話をイエスから聞きました。そして、今回の福音では、「イエスは、聖書を悟らせるために彼らの心の目を開いて」聖書のことを語られます。

私たちが聖書を読むとき、人生を歩むとき、イエスを通して、イエスの生き方を通して考えなければなりません。そしてイエスとつながる枝として留まることが大切なのだ。と語られました。

このお話を聞いて、イグナチオの霊操を思い浮かべていました。今、「混沌の中の光り -信徒が歩んだ「霊操」の道」(リンク先はGood News Collection)という本を読んでいるのですが、ここに書かれている体験は、まさにイエスにとどまり、イエスを通して生きることだと思います(もう少し読み進んだら感想を書くつもりです)。

日々生活していると、さまざまな思いがあります。時にこだわったり、感情にとらわれたりしがちですが、イエスを通して見直してみることで、心の自由、心の平和が得られるのだと思いました。

(聖書の引用は日本聖書協会 新共同訳)

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