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2009/03/01

希望を失うか、希望を見出すか - 心のともしびと灰の授与 -

機関紙「心のともしび」3月のテーマは「希望」です。トップページの曽野綾子さんの「神に救いを求めれば」を読んで考えさせられました。

希望を失うのは、人間の運命はすべて自分の力の結果だと信じている人の特徴かもしれない。実は私たちが自分の運命について関与しているのは、ほんのわずかな部分だけである。

確かに私が生まれてきたことも、生まれながらに持っている長所や健康も、すべて与えられたもの、神様からの贈り物です。その神について曽野綾子さんはこう述べます。

ただし神は、不運や苦しみを与えることがある。一見残酷に見える苦しみによって、その人が以前には考えられなかったような見事な人に生まれ変わることを予測しているからである。

だから人はいつでも変わることができる。絶望から希望を見つけ出すことも不可能ではない。神に助けてくださいと救いを求め続けて、絶望が希望に変わった例は決して少なくないのである。

神から離れて自分一人で生きているつもりになるから、希望を失ってしまう。逆に、神を信じ追い求めれば、希望が見出せるようになるのですね。今日のミサの回心式では、灰の祝福と授与がありました。

「回心して福音を信じなさい」

という言葉が心に響きました。

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