« 自分を受け入れる | トップページ | 神はどのように生きるかを教えてくださる - 智に働けば角が立つ - »

2009/02/04

ミサは参加することに意義がある

ここのところ地区の使徒養成講座に出ています。先日は「目からウロコシリーズ」の来住(きし)神父のお話を伺いました。

お話しの中で最も印象的だったのは「ミサは参加することに意義がある」という言葉でした。「参加することに意義がある」と聞くと、とにかく出れば良いと義務的な感じで考えてしまいます。しかし、近代オリンピックの提唱者であるクーベルダン男爵のこの言葉は、「take a point」つまり、役割を引き受ける、一役買う、という意味だそうです。

ミサに参加するときは、能動的に参加する必要があります。朗読や聖歌などの役を引き受けるだけでなく、会衆の一人として祈りを引き受ける必要があるのです。

昔のミサは背面ミサと言われ、神父が背中を向けていました。会衆の先頭、槍の穂先として神父は父なる神に祈っていたのです。それは今も変わりません。そして、聖霊の交わりの中で、私たちのイエス・キリストによってアーメンと言うように、聖霊と共に、イエス・キリストによって父なる神に祈ります。イエスが父に祈るとき、心を合わせると「父よ」と呼べます。聖霊によらなければ「父よ」と祈れないのです。

ついついミサに義務的に参加しがちです。しかし、積極的にミサという祈りの空間で、父への祈りの役割を担ったなら、きっと素晴らしいミサになるでしょう。自ら進んで準備をし、自らを捧げれば、神との契約は更新され、キリストとの絆はより強くなります。そして、日常生活の中で、キリスト者としての識別と選択の力が与えられるのです。
(後日、「自らを捧げる」について書く予定です)

<')))><

|

« 自分を受け入れる | トップページ | 神はどのように生きるかを教えてくださる - 智に働けば角が立つ - »

コメント

さかばさん、はじめまして
昨年のクリスマスから教会に通い始めた
者です。
今日初めてこちらのブログを知り、とっても
興味深く拝見させていただきました。
もう10年程前から、教会に通いたいと
思いながら勇気がなくて踏み込めなかった
教会。その第一歩がやっと踏み出せて、
今は毎週ミサに参加させてもらうのが、
楽しみになっています。
(聖書の内容は全然わかっていないのですが・・・・・(>_
またお邪魔させてくださいね(^^)

投稿: *hana* | 2009/02/05 22:00

*hana*さん、はじめまして。

クリスマスからですか、きっと毎週のミサが待ち遠しいのでしょうね。
神さまはいつもそばにおられますから、
ゆっくりと歩んでくださいね。
またのお越しをお待ちしています。

#素敵なブログですね。

投稿: さかば(管理者) | 2009/02/05 22:25

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/138594/43950010

この記事へのトラックバック一覧です: ミサは参加することに意義がある:

« 自分を受け入れる | トップページ | 神はどのように生きるかを教えてくださる - 智に働けば角が立つ - »