« 素直な気持ち - だんだん - | トップページ | ミサで自分自身をささげる - 目からウロコ ミサのあずかり方 - »

2009/02/22

確かな信仰

今日は今月最後のミサでした。教会維持費を払っていなかったので所属教会で与りました。

今日の福音は「中風の人をいやす」(マルコ2・1-12)でした。大勢の人に取り囲まれるイエスの所に、四人の男が天井に穴をあけ、中風の人をつり下ろすお話です。

すごい信仰です。説教で言われたように天井に穴をあけたとき、下にいた人は大丈夫だったか、道を開けてこっちから入ればと言う人がいなかったか、気になるところではありますが、そんなことはお構いなしの確かな信仰だったのでしょう。

その信仰を見て、イエスは罪を赦されます。他の福音では「あなたの信仰があなたを救った」という言葉がありますが、自分の病気が罪によるものだと苦しんでいただろうその人は救われました。

このとき、律法学者は

「神おひとりのほかに、いったいだれが、罪を赦すことができるだろうか。」

と思うのですが、これも正しい信仰です。神以外は罪を赦せないからです。

イエスが語るみ言葉は、「福音のヒント」によれば神の国の福音(マルコ1・14-15)なので

「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」

ということのようです。これまでは父なる神と人間は離れていましたが、イエス・キリストとその受難によって神の国が近付くように、み言葉を語られていたのでしょう。

先日「8日目」という言葉を聞きました。復活したイエスがトマスに現れた(ヨハネ20・26)のは8日目だったそうです。これはミサが毎週日曜日、つまり8日目ごとに行われることを表しています。創世記では神さまは7日までしか描かれていませんが、7日目を超越した8日目にミサが行われているのです。旧約聖書の時代が終わり、新約聖書の時代になったのです。

そのイエスの復活を祝う復活祭を前にして、水曜から四旬節が始まります。説教では四旬節の行いは、祈り、断食、ほどこし、と言われました。このほどこしというのは、余ったものを与えるのではなく、身を痛めてより貧しい人にあたえるのだそうです。そして私たちも確かな信仰を持って、新しく生まれるのです。

(聖書の引用は日本聖書協会 新共同訳)

<')))><

|

« 素直な気持ち - だんだん - | トップページ | ミサで自分自身をささげる - 目からウロコ ミサのあずかり方 - »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/138594/44141978

この記事へのトラックバック一覧です: 確かな信仰:

« 素直な気持ち - だんだん - | トップページ | ミサで自分自身をささげる - 目からウロコ ミサのあずかり方 - »