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2009/01/12

洗礼 - イエスとの出会いと派遣 -

ピンチヒッターの松浦司教による堅信の勉強会の記録です(メモを元に再構成していますので間違いがあれば筆者であるさかばの責任です)。

堅信の勉強会では洗礼のほかいくつかの項目を学びますが、みんな救いというゴールに向かっているという大きな流れの中で理解することが大切です。聖書と言うのは、元々イスラエルの人によって神と人間との関係が書かれたものです。かつてのイスラエルでは神殿に神がいると信じられていました。しかし、侵略されてバビロンに強制的に移住させられてしまいました。

神さまのいると信じていた神殿から離れて、苦しんだイスラエルの人々は過去を振り返りました。そして、自分たちの苦しみがどこから来たのか、それは神が自分たちに与えた罰なのか、あるいは、何か悪い者から来たのか、などと考えました。そこで分かったのは、詩編の8章にあるように私たちが信じる神は、私たちを救おうとする神であったということです。

神は人が苦しむことを望まれません。親が子供を愛するように神は人間を愛されます。親は子を愛しますが、子は親から離れて苦しみ、親はそれを悲しみます。それが聖書の序文である創世記の1章から11章です。これは実際にあった事を書いたのではなく、いろいろな事を信仰の目で書いたものです。

人間は、子供が親から離れるように、自ら神の恵みから出たのです。地獄の表現として炎に焼かれるような描写がありますが、人間は自分から炎にはいったのです。そんな人間の苦しみに対して神は駆け寄ってくれると信じて、人々は救い主を待ちました。

しかし、人々は攻め込んでくる国から自分たちを守るという現世的な救いを考えていたので、救世主が送られるまでに時間がかかりました。救い主は神との距離を近づけるために現れたのです。

救世主であるイエス・キリストは、神と人の間にあった壁を取りました。聖霊降臨は神が地上に来たことを示します。イエスの昇天は、イエスが神の国に戻った事を示すのではなく、神と人の一致を示しています。洗礼は神との壁を取り去ったイエスと一つになることです。神の国への扉を開けるのです。

人に対して心を開くことが、神と一つになることです。神と人の関係は1対1ではありません。神と私(人)、そしてあなた(他の人)で三角形を作っています。人と人が近付けば神との距離も近付きます。そして一つになることができるのです。それが神の国に入ることであり、永遠の命を得ることです。

洗礼は7つの秘跡の一つです。秘跡とは「秘」見えないものが、「跡」見えるしるしになるものです。その秘跡には二つの意味があります。

松浦司教が司祭のころ、教会におられるとある女性が尋ねてきたそうです。その女性は事情があって中絶をしたそうです。本人も納得していたはずでしたが、小さな命を奪った自分には生きている意味がないと自殺しようとしたそうです。中絶は心も身体も傷つけたのです。

その女性は自分の罪がゆるされるかとたずねました。司教は

「人を赦すことができるのは神様だけで私にはわからないが、心の底から悲しみ、苦しんで『ごめんなさい』と言えば、神さまは必ず赦してくださる、そう信じている」

とお話しされたそうです。赦しと言うのは、あった事を無かったことにするのではない。命を、人を大切にする生き方が大切だと説明されると、その女性は少し前向きになったそうです。

ゆるしと言うものは世界にいっぱいあります。秘跡を通じて一歩踏み出すと、イエスと出会えるのです。秘跡の一つ目の意味は「イエスと出会う」という意味です。「洗礼」は、一生イエスと暮らすという意味です。

秘跡の二つ目の意味は「派遣」です。ゆるしてくれる神と出会い、人をゆるせるようになる、受け入れられるようになります。人を大切にすると、人が愛を感じます。それが派遣です。洗礼、堅信、結婚などすべて派遣です。

病者の塗油という秘跡があります。すべての人間が死にますが、死の直前に受けるのが病者の塗油です。信者だけがこの秘跡にあずかれるので、恵みを受けるだけだと思いがちですが、これも派遣です。

人には人間関係など多くの苦しみがありますが、人の苦しみの代表が病気なので、秘跡になっています。病者の塗油は、病人をゆるし、励まします。病者の塗油を受けるとき、隣のベッド人など、すべての人の苦しみと共に恵みを受けたなら、病者の塗油は派遣になります。

秘跡は、キリストと出会うこと、そして派遣されること、その二つの意味があるのです。

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コメント

7年ほど前、私の舅が入院中に神父さまが来られ「病者の塗油」の秘跡を受けました。まだ比較的元気で「死の直前」ではなかったです。昔は本当に「死の直前」しか駄目だったそうですね。間に合うかどうか心配しなくても良いと姑が話していたのを思い出します。

投稿: ジャスミン | 2009/01/15 16:29

コメントありがとうございます。
昔、入門講座で聞いたブラジルの話を思い出しました。

http://sakaba.cocolog-nifty.com/cocoro/2006/03/post_2ce5.html

投稿: さかば(管理者) | 2009/01/15 20:11

はじめて書き込みします。
入門口座と松浦神父様のお話がのっていてさかばさんのサイトは凄い良い勉強になります。
またお世話かけるかもしれませんがよろしくお願いいたします。
gemini

投稿: ケファ | 2009/01/17 09:51

コメントありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。

投稿: さかば(管理者) | 2009/01/17 10:04

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