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2008/09/17

炎の蛇

日曜日のミサの福音朗読は「イエスとニコデモ」の後半(ヨハネ3・13-17)でした。

神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。

という福音を受けて、説教では娘を嫁に出す父親の心境を語られました。嫁に出すのでさえ苦しいのに、人間の罪を贖わせるために息子を出すという苦痛を考えると、神がどれほど愛されていたのかを考えさせられます。

第1朗読は「青銅の蛇」(民数記21・4b-9)でした。神に不満を述べるイスラエルの民に、神が炎の蛇を送られます。人々は炎の蛇にかまれ、多くの死者が出ます。モーセが神の言葉に従って(青銅で)蛇を作って竿に掲げると、それを見た民が救われたというお話です。

この青銅の蛇は十字架に磔(はりつけ)になり、人類を救おうとしたイエス・キリストを表しているようです。蛇は人をかむだけでなく、人を救うシンボルでもあるのです。

この朗読箇所を読んで、人々をかんだ「炎の蛇」とは、福音朗読の続きにある

御子を信じる者は裁かれない。信じない者は既に裁かれている。(ヨハネ3・18)

と同じことを描いたのではないかと思いました。「バベルの塔」(創世記10-11章)や「ソドムとゴモラ」(創世記19章)をはじめとして、傲慢な人間は神の怒りを買って苦しみます。しかし、それは神の罰というよりは、人間の傲慢さが自らを苦しめたのではないかと思います。

神の教えに従うならば、物質的に満たされなくとも心が満たされます。しかし、神にそむいて傲慢な態度を改めないなら、幸せになれません。十分な幸せに気付かずに欲望は果てしなく広がり、常に満たされない思いに苦しむのです。その苦しみこそ、「炎の蛇」なのではないでしょうか。

(聖書の引用は日本聖書協会 新共同訳)

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