神さまが置かれたところで咲きなさい - こころのともしびTV -
シスター渡辺和子のこころのともしびTVは、前シリーズと違って、いかに人生を生きるかを語られています。第5回「置かれたところで咲く」は、ナウエンの本で重くなった心をほぐしてくれました。
シスター渡辺は修道会に入られてすぐアメリカに派遣され、帰ってくると岡山の大学に派遣され、翌年には学長をされることになったそうです。まだ終身請願前なのに、これまでのアメリカ人学長の半分の年齢(36歳)で、卒業生でもなく、地元出身でもないのに大役をまかされたそうです。当時は、周囲からの風当たりも強く、大変苦労されたそうです。
「こんなはずじゃなかった」と苦しんだ末に、二人の神父さまに相談されたそうです。知り合いの神父さまは慰めるでもなく、
「あなたが変わらなければ、どこへ行っても何をしても同じだよ」
と、ナウエンの本に書かれているような言葉を言われたそうです。そのころのシスターは、みんなは何もしてくれないという「人に求める思い」にとらわれていたそうです。そこで、自分から与える人、あいさつし、お礼を言い、お詫びをし、人を褒める人間に変わったとき、周りの人も受け入れてくれるようになったそうです。
もう一人のベルギー人の神父さまは「神さまがお植えになったところで咲きなさい」という英語の詩をくださったそうです(シスターは「お植えになった」を「置かれた」と以下のように訳されました)。
神様が置かれたところで咲きなさい
置かれたところで咲きなさい
仕方がないと諦めるのでなく咲くのです
咲くということは、自分が幸せになり
周囲の人を幸せにすることです
咲くと言うことは、私は幸せなんだということを
周囲に示して生きることなのです
咲くと言うことは大変だけれども、そこに置かれている間はそこで咲くのだと教えられたそうです。それは、決して見事な咲き方でなく、自分なりに一生懸命咲かせればそれで良いのだということです。
ナウエンの本で苦しくなった私は「いつも喜んでいなさい」(一テサロニケ5・16)という言葉を忘れていたのかもしれません。
(聖書の引用は日本聖書協会 新共同訳)
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コメント
「神様が置かれたところで咲きなさい」
問題の多そうな教会に来てしまい、参ったなあと思ってましたが、そうですね。うん、ちょっとだけ光が見えて来たかな。
真偽のほどはわかりませんが、「幸い」の語源は「咲き合う」だと何かで読みました。
投稿: ツッチー | 2008/08/13 19:02
コメントありがとうございます。
私の感じた光を感じていただけたなら、とても嬉しいです。
「幸い」の語源は知りませんでした。勉強になります。検索してみると、晴佐久神父がそのような説教をされていますね。
http://www.mori2001.com/mori_00/2001_sekkyou/01_2_11%2011mas.htm
投稿: さかば(管理人) | 2008/08/13 23:23
こんにちは。三回目で初めてのご挨拶。今まで唐突に文章書き始めて、すみませんでした。大切ですね、挨拶は。
あぁ、そうでした。晴佐久神父様のサイトで読んだのでした。「さきあう」ではなく、「さきわう」でした。いい加減な情報でゴメンナサイ
投稿: ツッチー | 2008/08/16 14:37
再コメントありがとうございます。
ちょっと違うと思いながら読んでいましたが、ビンゴ(あたり)だったのですね。
これからもよろしくお願いします。
投稿: さかば(管理人) | 2008/08/16 17:18
失礼します。
「アル中を癒され」「脳梗塞より生還」「倒産によるサラ金地獄」
より、御言葉によって「癒され・救われた者」の「証」です。
こころを強くする「メッセージ」のご案内
http://www4.ocn.ne.jp/~kokoro/
ご笑覧ください。 安達三郎
投稿: あだち | 2011/09/07 11:36