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2008/08/15

私にとって神とは - 聖母マリア -

8月15日は聖母マリアの被昇天の祝日です。祭壇も神父さまの祭服の色もお祝いの白色で、香も焚かれました。

無原罪のマリアとか神の母聖マリアなどと呼ばれるマリア様ですが、今日は、聖母マリアがその人生の終わりに、肉体と霊魂を伴って天国にあげられたことを記念するお祝いの日です(Wikipediaの解説)。

正直なところ、聖母マリアについてはプロテスタントだけでなく正教会とも異なり、あまりよくわかっていません。たぶん、幼児洗礼の方は、マリアさまのイメージが知らず知らずのうちに身に付いているのでしょうけど、成人洗礼の私はどうもなじめませんでした。

そんな私でも、聖母マリアを必要とする時があります。それは「カナでの婚礼」(ヨハネ2・1-12)に示される「とりなし」です。とりなしではなく神さまに直接お祈りすれば良いのですが、どうも自分のことだけはお願いしにくいものです。わがままと分かっていてもお願いをしたい、そんな時にとりなしをお願いするのがマリアさまです。

日本とも縁の深い聖母マリア(リンク先はカトリック中央協議会)、今日は少しだけわがままなとりなしをお願いして就寝したいと思います。

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コメント

わたしにとって聖母マリアとは

オカン

投稿: 風のマルクル | 2008/08/20 00:12

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