« 信徒たちの宣教 | トップページ | ペットのためのミサ »

2008/07/06

limboとペットの死 - バックス、ありがとう -

第2バチカン公会議以降、天国と地獄というのは場所ではなく、状態とされているそうです。神さまの御旨に沿った幸せな状態が天国、その反対が地獄なのでしょうね。そういえば、煉獄も、天国の入るのに躊躇している状態と理解できます。

かつては洗礼を受けていなければ救われないとされていましたが、第2バチカン公会議後は、神の御旨に従うならば天国に行けるとされているようです。神父さまは、

分け登る麓の道は多けれど 同じ高嶺の月を見るかな

という一休禅師の作を思い出させるようなお話をされた上で、キリスト教が最も近道であると言われていました。クリスチャンは「水の洗礼」、それ以外の人にも「恵みの洗礼」がある、という言い方もあるそうです。

実は昔の解釈だと、キリスト教国においても問題が生じていたようです。それは洗礼を受けるまでに亡くなった赤ちゃんの問題です。幼子のような心を持たなければ天国に入れないのに、何も罪を犯していない赤ちゃんが地獄に行くのはかわいそうだという意見があったようです。

そこで、聖アウグスチヌスに生み出されたのが、「limbo」です。新英和中辞典によると、

    1 [しばしば L] リンボ,地獄の辺土 《地獄と天国の間にあり,キリスト教以前の正しい人,洗礼を受けなかった小児,異教徒,白痴者の霊魂の住む所》.

とされています。神学的な解釈は違っても、神の救いを求める気持ちは今と変わらなかったのでしょう。

Backs 私事ですが、飼っていたウサギ「バックス」が亡くなりました。カトリックでは動物にはSOUL(魂)があっても、人間のような霊魂がないとされているので葬儀ミサはしません。でも、亡くなったペットを思わないわけではありません。旧約聖書にこんな言葉があります。

人間に臨むことは動物にも臨み、これも死に、あれも死ぬ。同じ霊をもっているにすぎず、人間は動物に何らまさるところはない。すべては空しく、すべてはひとつのところに行く。すべては塵から成った。すべては塵に返る。(コヘレト3・19-20)

バックスは家族でした。近くによると、おやつを欲しがって立ち上がるしぐさがかわいく、子供達も可愛がっていました。ウサギの寿命からするとすこし長めの一生でしたが、最近は腫瘍ができて、ちょっとかわいそうな最期でした。でも、そんな苦しい中でも外食から家族が帰ってくるのを待って、バックスは亡くなりました。苦しみながらも、最後まで家族でした。そんなバックスも今は苦しみからも解放されて、チリに戻ろうとしています。

新約聖書には、こんな言葉があります。

つまり、被造物も、いつか滅びへの隷属から解放されて、神の子供たちの栄光に輝く自由にあずかれるからです。(ローマ8・21)

家族の一員として愛を与え、愛されていたものは、きっと救われていると思います。それは天国か、それともlimboかはわかりません。しかし、今は苦しみから解放され、私たちに与えてくれた愛は永遠に生き続けます。

「バックス、ありがとう」

(聖書の引用は日本聖書協会 新共同訳)

<')))><

|

« 信徒たちの宣教 | トップページ | ペットのためのミサ »

コメント

始めまして、今愛犬が旅立とうとしています。持って一週間との事です。私はその子と天国で再会できる確信がほしくて、ネットをさまよい、神父様に聖書での動物の位置付けを伺いたく教会にお電話をしてみたり…。でも、「犬」という言葉を申し上げると、取り次いでもらえないばかりか、キャッチホンですといわれ切られてしまいます。世界中に恵まれない子供達、病に苦しむ人々がいることは充分承知していますが、今、消えようとしている命を見守る悲しみは伝わらないんですね。本当に、これは神様と私とこの子の問題なのだと思うようになりました。管理人様のブログが唯一の支えです。

投稿: 百合の花 | 2008/12/01 14:11

コメントありがとうございます。
家族のように暮らしてきたペットが今にも亡くなりそうな時、やはり悲しいですよね。
どうか、百合の花さんの愛犬が少しでも長生きし、苦しみなく幸福な一生を終えることができますように!

投稿: さかば(管理人) | 2008/12/02 22:24

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/138594/41747251

この記事へのトラックバック一覧です: limboとペットの死 - バックス、ありがとう -:

« 信徒たちの宣教 | トップページ | ペットのためのミサ »