善をおこなって苦しむほうが、悪を行って苦しむよりはよい
今日のミサの第2朗読は「正しいことのために苦しむ」(一ペトロ3・15-18)でした。このなかの17節が心に響きました。
神の御心によるのであれば、善を行って苦しむ方が、悪を行って苦しむよりはよい。
洗礼を受ける前に神父様に言われた言葉を思い出しました。
洗礼を受けたら楽になると思ってはいけない。もっと苦しくなる。
その時はよくわからなかったのですが、今なら何となくわかります。人間は、いや、少なくとも私はダメダメです。普通に生きているだけで、いろいろな罪を犯してしまいます。良いことをしたつもりでも、自分の中にある傲慢な気持ちが見えてしまいます。
でも、苦しくても洗礼を受けて良かったと思っています。少しでもより良い方向が見えるからです。ほんの少しだけ、ちょっとだけ良いことをする。そこには苦労が伴うかもしれませんが、良いことをしたという喜びがあります。
洗礼を受けることで楽になるわけではありませんが、みこころに従った時は暖かいような、幸せな気持ちになるんですよね。やっぱり、洗礼良いですよ~
(聖書の引用は日本聖書協会 新共同訳)
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