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2008/03/28

契約の更新

主の御復活おめでとうございます。
この時期の「契約の更新」と言うと、聖香油のミサで行われる神父様たちの「契約の更新」が有名ですが、先日の復活徹夜祭は、私にとって信者の契約の更新の日でした。

去年の復活徹夜祭では、洗礼を受けた際のことが思い出されて胸が熱くなりました。そして、復活徹夜祭は洗礼を思い出す時なのだと思いました。しかし、今年になると、洗礼の時のこと熱く思いだすことよりも、神さまの復活を強く感じました。

洗礼を受けて2年もたつと、日常と信仰生活の折り合いをつけるようになります。以前なら少々の無理があっても、ミサや入門講座に出ていました。しかし、無理なことが続くわけもなく、自分なりの基準で出る時と出ないときを決めています。入門講座では「神さまを一番に置くことが信仰」と教わりましたが、神さまがゆるして下さるとわかっているからこそ、甘えることもできるんだと思っています。

復活徹夜祭と復活祭は神さまの「復活」を祝うのですが、この「復活」を実感して信仰を続ける決意をすることが私の思う契約の更新です。復活といっても教義にあるような肉体の復活の実感ではなく、遠藤周作さんの言われるような心の中での復活です。

信者として生きていると、ミサのときや祈りの時には間違いなく神さまを思い出すのですが、あまり実感できないことがあります。もちろん、聖書の言葉や聖歌から神さまの存在は感じるのですが、神様からの語りかけのようなものがあまり感じられません。

「沈黙」の主人公の神父のように、神の語りかけを待ち望み、お祈りしているのかもしれません。きっと必要な時には答えてくださると信じながら、日々神に語りかけているのです。

今年の復活徹夜祭では、代父をさせていただきました。洗礼を受けた皆さんは神様の愛を実感して幸せそうでした。そして、誰よりも近くで洗礼を見た後に、ふっと神さまが語りかけられたような気がしました「みんな同じように愛しているよ」と。神さまは私の中でも復活されたのです。そんな実感があり、心の中があたたかくなりました。

今年の復活徹夜祭は、神さまの愛を感じ、洗礼志願者とともに「信じます」と誓う場でした。わたしは、契約を更新しました。

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2008/03/19

十字架につけたのは私です

受難の主日であった先日のミサでは涙がにじみました。イエスさまが裁かれる模様(マタイ27・11-54、リンク先はJBS日本聖書協会)が福音朗読で読まれたのですが、神父さまのほか、二人の朗読奉仕者が読みます。その途中で、ミサの参加者が「十字架につけろ!」とイエスさまを裁くのです。

この「十字架につけろ!」という言葉を読むと私の胸が熱くなります。私を苦しみから救ってくださったのは、十字架にはりつけられたイエス様ですが、そのイエスさまが十字架にかけられたのは私の罪深さです。

私の苦しみは、自分の思いにとらわれて、自分の側からしか世の中を見れなかった苦しみでした。人類の罪を一身に背負われたイエスさまは、私の罪をも背負ってくださいました。だからこそ、私は救われたのだと思います。

神さまは時間と空間を超越した存在です。2000年前に私のために十字架にかけられたイエスさまを思うと、「十字架につけろ!」と言うたびに胸が熱くなるのです。

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2008/03/13

ヤーウェ・イルエ ~四旬節黙想会に参加して~

所属教会の四旬節黙想会はイエズス会の平林冬樹神父をお招きし、「現代に息づく188殉教者の霊性」と題して行われました。

「殉教」とは、「殉職」が仕事のために命を失うように、教えのために命を失うことですが、もともとのことばは“martyria”「証し」という意味です。つまり、「殉教」は神への信仰・希望・愛の証しであり、また、神の愛に応えることです。キリスト教は主の死と復活から生まれたように、苦しみを乗り越えることで喜びを得ることはキリスト教の本質です。愛を実践することはキリスト教の証し、つまり殉教なのです。

188殉教者の時代の教会、大浦天主堂のマリア像の前に現れるまで200年間潜伏していたキリシタン、そして現代の教会にいたるまで、日本の教会は400年以上の歴史があり、その根底にはキリスト教としての一貫性があります。そのような中で、188殉教者はキリシタン時代からの日本のキリスト教会のアイデンティティであるといえます。

188殉教者の霊性から、現代に生きる私たちが学ぶことはたくさんあります。殉教者はその死に方だけでなく、その生き方も私たちへのメッセージです。彼らは家庭を基礎とし、共同体を運営し、地域に貢献しました。福祉事業を通じて地域に貢献して人々に感謝されていました。殉教の際にも「彼らは悪いことをしたから処刑されるのではない」と言われました。

当時は司祭が不足していたようですが、40歳以下は叙階させず、勉学と祈りが重視されていました。豪胆かつ柔軟であった当時の司祭・修道者たちは、捧げつくし、道を示す人だったようです。

188殉教者は、イエスの十字架以外に人間の真のいのちへの道はないことを証しました。また、日本人が元来持つ「忠実さ」の徳をキリストの価値観に高めました。これは「熱心に」ではなく、「たんたんと、ひたむきな」信仰です。理不尽な命令に従うことにより、人間の尊厳である信教と良心の自由を守り抜きました。

このようなお話の後、次の列福運動の対象であるユスト高山右近のお話になりました。豊臣秀吉の禁教令に逆らったために国外追放され、マニラで亡くなった高山右近は、もともと殉教者として申請されました。しかし、殉教ではなく、証聖者(殉教していない福者・聖人)として再申請するように指示されました。この証聖者として列福するには、奇跡が必要となり、このことが右近の列福の最大の障害となりました。その後、なぜか最近になって殉教者として申請するように指示されたそうです。

その背景には、どうもコルベ神父の影響があるようです。それまでは殉教の定義は厳しいもので、信仰を守るために亡くなっていることや、島原の乱のように闘っていないことなどが決められていたようです。しかし、コルベ神父が列聖される際に、ヨハネ・パウロ2世の希望により殉教者として扱われました。コルベ神父は、イエスの教えである「友への愛」を証ししたとして、殉教者とされたのです。このため、コルベ神父の列聖式は赤と白の両方のバラが飾られたようです(通常の列聖式では、証聖者は白のバラ、殉教者は赤いバラを飾ります)。キリシタンの時代から大浦までの270年間の礎となった高山右近も、このような流れから、殉教者として扱うことが可能になったようです。

このお話は私にとって驚きでした。日本で「聖母の騎士」を創刊したコルベ神父は、(北原怜子さんとアリの街を支援し、宝塚歌劇にもなった)ゼノ修道士を日本に誘うときに、26聖人の殉教を話されたようです。そう、所属教会(高槻)の守護聖人である26聖人です。そんなコルベ神父が高槻城主であった高山右近の列福を後押ししているのです。

私の好きな「ヤーウェ・イルエ」(神は備えて下さる)という言葉があります。神さまを知ったことも、殉教の機会を与えられたことも、さまざまな出会いも、すべての物事には意味があり、神様が備えて下さったのだと思います。そして、26聖人の殉教に興味を持ったコルベ神父の列聖によって、高山右近の列福の可能性が高くなったのも、やはり神さまが備えて下さったのだと思います。

私が厳密な意味で殉教することはないかもしれませんが、神様が備えて下さったことを喜び、淡々とひた向きな信仰を守り、愛を証ししていきたいと思いました。

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2008/03/12

家の祝福

皆様ご無沙汰しています。実は先日引っ越しをしました(といっても100mだけ)。そんなにため込んだつもりはなかったのですが、大量の荷物とゴミでかなり大変でした(もうフラフラです)。

日本の伝統だと、地鎮祭や上棟式などをやるのでしょうけど、カトリックでは祝福をしていただきます。神父様によると、海外では家が完成した際に行うだけですが、日本では以下の3回出来るようです。

  定礎:土台の完成
  棟上:骨組みの完成
  新築:家の完成

Syukufuku 我が家の場合は、(少しは希望を聞いてくれるものの)建売なので、入居前に一度だけ祝福していただきました。各部屋を聖水で祝福していただいたあとに共同祈願があり、これまでの感謝と未来への祈りを祈りました(冊子を読んだだけです)。

小さな家ですけど、少し幸せになりました。

(祝福をお願いした時は、聖水を入れる器(コップなど)を用意しておいた方が良いようです)

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