契約の更新
主の御復活おめでとうございます。
この時期の「契約の更新」と言うと、聖香油のミサで行われる神父様たちの「契約の更新」が有名ですが、先日の復活徹夜祭は、私にとって信者の契約の更新の日でした。
去年の復活徹夜祭では、洗礼を受けた際のことが思い出されて胸が熱くなりました。そして、復活徹夜祭は洗礼を思い出す時なのだと思いました。しかし、今年になると、洗礼の時のこと熱く思いだすことよりも、神さまの復活を強く感じました。
洗礼を受けて2年もたつと、日常と信仰生活の折り合いをつけるようになります。以前なら少々の無理があっても、ミサや入門講座に出ていました。しかし、無理なことが続くわけもなく、自分なりの基準で出る時と出ないときを決めています。入門講座では「神さまを一番に置くことが信仰」と教わりましたが、神さまがゆるして下さるとわかっているからこそ、甘えることもできるんだと思っています。
復活徹夜祭と復活祭は神さまの「復活」を祝うのですが、この「復活」を実感して信仰を続ける決意をすることが私の思う契約の更新です。復活といっても教義にあるような肉体の復活の実感ではなく、遠藤周作さんの言われるような心の中での復活です。
信者として生きていると、ミサのときや祈りの時には間違いなく神さまを思い出すのですが、あまり実感できないことがあります。もちろん、聖書の言葉や聖歌から神さまの存在は感じるのですが、神様からの語りかけのようなものがあまり感じられません。
「沈黙」の主人公の神父のように、神の語りかけを待ち望み、お祈りしているのかもしれません。きっと必要な時には答えてくださると信じながら、日々神に語りかけているのです。
今年の復活徹夜祭では、代父をさせていただきました。洗礼を受けた皆さんは神様の愛を実感して幸せそうでした。そして、誰よりも近くで洗礼を見た後に、ふっと神さまが語りかけられたような気がしました「みんな同じように愛しているよ」と。神さまは私の中でも復活されたのです。そんな実感があり、心の中があたたかくなりました。
今年の復活徹夜祭は、神さまの愛を感じ、洗礼志願者とともに「信じます」と誓う場でした。わたしは、契約を更新しました。
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