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2007/10/16

苦しみは恵み、感謝は救い

日曜の福音朗読「重い皮膚病を患っている十人の人をいやす」(ルカ17・11-19)は、さらっと読むと、わかったような、わからないようなお話でしたね。
皮膚病(かつてらい病と呼ばれたハンセン氏病らしい)の人たちをイエスさまは癒されたのですが、サマリア人だけが感謝して帰ってきました。

イエスさまは

「この外国人のほかに、神を賛美するために戻って来た者はいないのか。」

といわれますが、サマリア人に対して

「立ち上がって、行きなさい。あなたの信仰があなたを救った。」

と言われます。この言葉は、イエスさまが奇跡をおこなわれた際によく言われる言葉ですが、信仰によって皮膚病が治ったのでしょうか?ほかの人(ユダヤ人)も皮膚病が治っているのですからどうもおかしいです。救われたというのは皮膚病のことではないように思います。

自分がいやされたのを知って、大声で神を賛美しながら戻って来たサマリア人は、イエスさまの足もとにひれ伏して感謝しました。実はこの感謝こそが救いなのではないでしょうか?

サマリアはアッシリアに征服されて異教を強制されました。その様子は「イエスとサマリアの女」(ヨハネ4・1-32)で5人の夫(宗教)とたとえられ、今の連れ添っている男も本当の夫(宗教)ではないとイエス様に言われるようです。

本当の神様を知らないサマリア人は、皮膚病を直してもらった喜びだけでなく、本当の神様に出会った喜びから、大声で神を賛美し、感謝したのでしょうね。

日曜日の説教では、運動会での親のお話を二つされました。一つ目は障がいを持つ子供の学校の親です。普通の子供と比べて何らかの問題を持つ子供ですが、学校に入ってからのほんの少しの成長に親御さんは涙されたそうです。もう一つは普通の学校で、子供に対して厳しく、親に恥をかかせないように「頑張れ」と言って、子供にプレッシャーを与える親です。

神に感謝できるのはもちろん障がいをもつ子供の親御さんです。「だめな子ほど可愛い」などと言いますが、だめだと思っているのは周りの人で、親はありのままの子供を受け入れているのだと思います。現実をありのままに受け入れることで、少しの恵みに感謝して涙できる。それこそが、救われた状況なのでしょう。

人はついつい我儘な気持ちを持ちます。現実を受け入れず、ほかの人を批判してしまいます。それはなんと不幸なことでしょうか。

どんな苦境にあっても、その現実を受け入れることができれば、苦しみは恵みに変化します。ほんの些細な出来事も喜びに変わります。物事に対する感謝の気持ちが生まれ、神の愛を感じることができるからです。

ここのところプライベートな事でバタバタしていて、少しだけ神さまとの距離ができていたかもしれません。しかし、ちょっとしたことで恵みを感じたとき、サマリア人のように神を賛美したくなりました。

(聖書の引用は日本聖書協会 新共同訳)

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コメント

昨日は私のコメントにお返事いただきありがとうございました。

日曜日の福音について、さすがはさかばさん、深く読んでいらして素晴らしいです。今回私は集会祭儀でしたので、神父様のお説教を聞くことができず解釈が難しかったのですが、大変勉強になりました。
この福音では、サマリア人がとても差別されていた人々で、苦境の民であったと言うことが、大きなポイントのようですね。

私のブログの方へもお越しいただいたようで、どうもありがとうございました。
つきましては、もしよろしければ私のブログにリンクさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?

投稿: ayako | 2007/10/16 11:22

コメントありがとうございます。
リンクは自由にしてください。こちらでもリンクさせていただきました。

投稿: さかば(管理者) | 2007/10/16 21:21

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