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2007/07/16

あなたを必要とする人が隣人、あなた周りの人すべてが隣人

昨日のミサは「善いサマリア人」(ルカ10・25-37)でした。入門講座の内容とともにまとめておきます。

ルカ9・51にあるようにサマリア(今のパレスチナ)で、イエスさまはエルサレムに向かう決意を固められていました。その後、エリコを経由してエルサレムに向かわれたようです。このエリコはヨショアが攻め落としたところで、城壁の周りを行進してトランペットを吹くと城壁が壊れたとされています。

エリコは死海の近くでイエスさまが40日間断食された「誘惑の山」に近いところで、海抜マイナス250mのオアシスのある低い土地です。一方、エルサレムは高い土地にあり、エリコからは上り坂、エルサレムからは下り坂になります。

「善いサマリア人」のお話は、そんなエリコとエルサレムの間の坂道のお話です。エルサレムからエリコヘ下る途中で追いはぎにあった人に対して、祭司やレビ人は道の向こう側を通りましたが、あるサマリア人は宿屋に連れて行って介抱しました。

サマリア人は、マザー・テレサと同じ行いをしました。宗教の異なるインド人であっても貧しい人に近づいて、世話をして、隣人となりました。

10人の聖なる人々」によれば、マザーテレサの死を待つ人の家には、道端で死にかけている人々が運び込まれていたそうです。助からないとわかっていても、体についたウジを一匹ずつ辛抱強くつまみあげ、顔や体をきれいに洗い、「あなたは必要な人だ。決して一人ではないのだ」(p.323)と知らせていたそうです。マザーにとって十字架のイエスが苦しみである「孤独の内にみじめに死ぬこと」こそ、耐えられない不幸だったようです。

説教の中で神父さまはこう言われました。

「あなたを必要とする人が隣人、あなた周りの人すべてが隣人」

すべての人が必要とされているから、すべての人が隣人なのでしょう。

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