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2007/06/04

マリアさまのこころ

今日は三位一体の主日でした。第一朗読の最初に「神の知恵は語る」という言葉がありました。ちょっと驚きました。知恵を人格化して語っているんですね。しかも、

主は、その道の初めにわたしを造られた。いにしえの御業になお、先立って。(箴言8・22)

とあるように、天地創造の前に造られたとされています。ヨハネによる福音書の言葉によって一体であるという三位一体の考えとつながる言葉ですね。

ミサの後、赤ちゃんの洗礼式がありました。助任司祭がポルトガルから日本に来られて最初の洗礼式です。ポルトガルでは1000人以上に洗礼を授けられていたそうですが、日本で最初の洗礼を喜ばれていました。

すでに私の子供は大きく幼児洗礼はできませんが、幼児洗礼を決めるときの親の気持ちはどんなものだろうと考えていました。宗教は自分で決めるものだからと、子供に決めさせて幼児洗礼をされない方も多いようですが、やはり、子供がどんな時も幸せに生きていけるようにという願いと、子供により多くの愛情を注ぎたいという気持ちからなのでしょうね。

そんなことを考えていたところ、洗礼式の最後に、典礼聖歌407番「マリアさまのこころ」を歌いました。

マリアさまのこころそれはあおぞら
わたしたちをつつむひろいあおぞら

やはり迷いのない親の愛情から幼児洗礼をするのでしょうね。そういえば、今日の第2朗読にも、こんな言葉がありました。

希望はわたしたちを欺くことがありません。わたしたちに与えられた聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからです。(ローマ5・5)

洗礼を受けた赤ちゃんだけでなく、私たちも神の愛に包まれて、温かい気持ちになりました。

(聖書の引用は日本聖書協会 新共同訳)

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