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2007/05/31

死に打ち勝つ強い愛

今日の入門講座は、三位一体の主日の福音(ヨハネ16・12-15)を中心にヨハネ16章を読みました。

神さまの神秘は、神の子である「イエス」、イエスの父である「父」、そして心理の霊、弁護者、その方、イエスの愛、イエスの霊と呼ばれる「聖霊」で、三位一体と呼ばれます。

父が持っておられるものはすべて、わたしのものである。だから、わたしは、『その方がわたしのものを受けて、あなたがたに告げる』と言ったのである。

とあるように、父がイエスさまを送られ、イエスさまは父と聖霊について語られました。そして聖霊は人々に真理を悟らせ、イエスさまにに栄光を与えます。教会の愛は聖霊で、聖霊がなければ教会は存在しません。聖霊は教会の心であり、愛の家族です。

イエスさまは33年の人生のうちの3年間、宣教のための公生活をされました。ユダヤにとって年長者(先輩)は大事なので30年過ごし、3年間伝えて亡くなられました。

「悲しみが喜びに変わる」(ヨハネ16・16-24)に、こう書かれています。

「しばらくすると、あなたがたはもうわたしを見なくなるが、またしばらくすると、わたしを見るようになる。」

これは、イエスさまが亡くなられること、心の中で生きておられるようになることを示しています。イエスさまの死を悲しみ、そして復活を喜ぶのです。

ここで、子供のころからミッション系の学校に通われていた方から質問が出ました。イエスさまは幻でなく、本当に復活されたのかと(小学校の3年まで、幻として教えられていたそうです)。

そこで、「イエス、七人の弟子に現れる」(ヨハネ21・1-14)をよみました。

弟子たちはだれも、「あなたはどなたですか」と問いただそうとはしなかった。

とあるように、イエスさまは幻でなく、本当に復活されたのです。

また、「イエスとトマス」(ヨハネ20・24-29)では、トマスは

「わたしの主、わたしの神よ」

と言いました。これは、

「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」

と、イエスさまが言われたように手やわき腹の傷を見ただけでなく、傷を見てイエスさまの強い愛を感じたからです。イエスさまは愛によって十字架の死に打ち勝たれたのです。想像や幻でなく、本当に人間だったイエスさまは、本当に復活されたのです。

強い愛は永遠の命なのです。

今日の入門講座は神父様の準備も万全で、良かったです。最後に土曜日に演奏会がある高槻市音楽団管楽部の方のトランペットでアヴェ・マリアまで聴くことができました。これもお恵みでしょうね。

(聖書の引用は日本聖書協会 新共同訳)

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