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2007/04/01

十字架につけろ - 受難の主日(枝の主日) -

Eda 今日のミサはイエス様のエルサレム入場を記念した行列から始まりました。

去年は信者が枝(ソテツの葉)を持って聖水で祝福していただきましたが、今年は机に枝を置いて聖水と香で祝福していただき、それを持って行列しました(写真)。人にかからず枝に間違いなく聖水がかかりますが、他のものも一緒に祝福していただこうかと思っていたので、ちょっと残念です(別途お願いすればよいだけですけど)。

受難の主日は朗読の構成がいつもと違います。枝を持って行列をする前にエルサレム入場の福音朗読があります。行列後、聖堂内では旧約、使徒書、そして、キリストの受難の朗読があります。

受難の朗読は、神父さまがキリスト、朗読者二人が語り手と他の登場人物を担当します。そして群集を数人あるいは会衆一同が担当します。所属教会では会衆一同で行うので、私も群集のところを朗読しました。

群集のことばの中で

「十字架につけろ、十字架につけろ。」(ルカ23・21)

というところがあり、ちょっと考えさせられました。

当時の民衆がそのように叫び、イエスさまは処刑されました。それは、人々の罪をあがない、神と人間との関係を修復されるためでした。人々のこの叫びによってイエスさまが殺され、2000年後に私が生きています。しかし、私もまたイエスさまを殺したのではないかと思いました。なぜなら、私の罪をもあがなうためにも、イエスさまは亡くなられたのですから。

神に感謝!

(聖書の引用は日本聖書協会 新共同訳)

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コメント

こんにちは。
受難の朗読で私も群衆の部分を朗読してきました。
「十字架につけろ」の部分で胸が詰まりそうになって「なぜだろう?」と思っていたのですが、
さかばさんの記事を読んで「ああ、これだ」と思いました。
自分の罪のために亡くなられた、ということを再認識するから胸が苦しくなったんですね、きっと。

投稿: ソラ | 2007/04/02 20:41

そう、ジーンとくるのですよね。

投稿: さかば(管理者) | 2007/04/03 00:03

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