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2007/01/15

マリアさまの言われなかったこと

日曜日の子どもと共に捧げるミサの福音朗読は「カナでの婚礼」ヨハネ(2・1-11)でした。

お説教は神父さまの遠足の話から始まりました。楽しみにしていた遠足のお弁当でしたが、子どもが多くてうっかりしたのか、お箸が入っていなかったそうです。神父様は困って担任の先生に相談すると、「もう少しで食べ終わるから、先生の箸を洗って使いなさい」と貸してくださったそうです。ちょっとしたやさしさでしたが、神父さまはその先生のことが忘れられないそうです。

「カナでの婚礼」では、婚礼中にぶどう酒がなくなります。それに気づいたマリアさまはイエスさまにそのことを告げますが「わたしとどんなかかわりがあるのです」と言われます。しかし、マリアさまは信じて、イエスさまにゆだねました。こうしてイエスさまは、水をぶどう酒に変えて、最初の奇跡を行われました。

ここで、マリアさまは「私がなんとかします」とか「私がぶどう酒に変えてもらいました」と言われていないことに注目しましょう。良いことをしても、ついつい「私が」と言ってしまいますが、さりげなくやさしくする、そんな「ちょっとしたやさしさ」を心がけましょう。そんなお話でした。

聖書に書かれていないことにも、福音はあるのですね。

(聖書の引用は日本聖書協会 新共同訳)

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コメント

昨日は「カナの婚礼」を黙想することが勧められていましたね。
さかばさんの記事のように,
マリア様が「私が」としゃしゃり出なかったところが,ミソですね。
カトリックのマリア像からすると当然なのかもしれませんが・・・。
なんか,この場面のマリア様って,
星飛雄馬の活躍や試練を蔭で見守る姉・アキコのようなイメージですね。
「私が・・・」とは少しずれますが,
「私もです」という記事をTBさせていただきます。
マリア様は,はっきりと「イエス様は神」,けれども,「私は違う。神様から見れば,はした女」と自覚しておられた最初の人間だったのでしょう。

投稿: ct(Magis) | 2007/01/15 23:08

コメント&トラックバックありがとうございます。
マリアさまが星飛雄馬の「ねぇちゃん」というのは、面白いたとえですね。

>はっきりと「イエス様は神」

そうですね。先日の聖家族の朗読箇所で、神父様が言われたことを思い出しました。見失ったイエスさまを見つけたとき、「わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか」と言われたことを「普通の親なら怒る。神様と思っていたからだ」と神父様が言われたのを思い出しました。
トラックバックいただいた「私もです」ですが、今書こうとしている内容にちょっと近いかもしれません。

投稿: さかば(管理者) | 2007/01/15 23:39

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» 「私もです」 [マジス(MAGIS)]
11月14日から,朝日新聞に連載されていた「いじめ(られ)ている君へ」という連載 [続きを読む]

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