主のみ聖なり
降誕祭(クリスマス)前の待降節や復活祭(イースター)前の四旬節以外のミサで歌われる「栄光の賛歌」(グロリア)に、こんな歌詞があります。
主のみ聖なり、
主のみ王なり、
主のみいと高し、
イエズス・キリストよ。
ほとんどを歌う、いわゆる歌唱ミサでは
主~の-み聖なり♪
主~の-み王なり♪
主のみいと高し、
イエズス・キリストよ♪
といった感じで、長くのばしたり、短くのばしたりして歌います。はずかしながら歌詞の意味を勘違いしていました。教会に通いだしてからこれまでの間、はじめの二つを「主の御聖なり」「主の御王なり」と思っていました。
正しくは「主のみ、聖なり」「主のみ、王なり」つまり、主だけが聖であり、王であるだったのですね。先日のミサで歌わずに唱えて、ようやく気づきました。あー恥ずかしい、、、
#「主のみいと高し」で気づけよ >俺
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コメント
こんにちは、今年もよろしくお願いします。
さかばさんの記事を見て、私も最初
勘違いしていた部分があるのを思い出しました。
同じ栄光の讃歌で「世の罪をのぞきたもう主よ」という部分、私は「除く」ではなく「覗く」だとしばらく思っていました・・・
覗いてどうする!って感じですよね。
歌唱ミサは文字で追うことがないので勘違いしやすいかもしれないですね〜。
でも好きなんです、歌唱ミサ。
多少音を外しても「よく歌う人はよく祈る」をモットーに元気よく歌ってます〜(笑)
投稿 ソラ | 2007/01/13 22:21
コメントありがとうございます。
「世の罪を覗きたもう主よ」ですか、どう隠してもバレバレっていう感じですね。でも、バレバレだからゆだねられるのですよね。私も音をはずすほうですが、歌唱ミサが大好きです。
投稿 さかば(管理者) | 2007/01/13 22:57