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2006/12/03

終わりと始まり

今日のミサの福音朗読は「人の子が来る/目を覚ましていなさい」(ルカ21・25-28,34-36)でした。

キリストは終わりのときに人の子が来て我々を解放すること。放縦(勝手気まま)や深酒や生活の煩いで心が鈍くならないようにして、そのときに備えていつも目を覚ましておくこと祈るように言われます。

説教では、この終わりの時は父なる神のみがご存知で私たちにはわからないこと。そして終わりのときとはそれぞれの人にもあり、死を迎えるときや戦争や震災にあうときでもあり、そのときがいつ来ても良いように、とのことでした。

何度か見聞きしたお話ですが、なぜか坂本龍馬をイメージしました。高校時代に大好きだった坂本龍馬は、死ぬときは前のめりに死にたいと考え、薩長同盟や大政奉還、5か条の御誓文の元になる船中八策などを大きな仕事を終え、郵便汽船三菱会社(後の日本郵船株式会社)の元となった海援隊を世界の海援隊にすると夢を語った後に、暗殺されました。

そんな前のめりに死んだ坂本龍馬のように、常によりよく生きること、信仰を通して気をつけておくことが必要なのでしょう。

今日からは待降節、馬小屋が用意され、一本目のロウソクに灯がともりました。新年が始まり、これから4週間キリストの誕生を待ち望みます。そんな今日、所属教会に新しい方が通いだしました。

教会に通いだすときの情報が少なくて困った経験から始めたブログも、少しはお役に立てたようです。様々な始まりにつながるお導きを与えてくださった「神に感謝!」

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コメント

はじめまして。
実は私もさかばさんのブログを見て、
教会へと足を踏み出せた一人です。

小心者なので、なかなか神父さんや信者さんに話しかけるのもままならず、いつになったら自称「プレ求道者」を抜け出せるのかわかりませんが、人生長いですし、ぼちぼち神様とおつきあいできればな〜と思っています。

「はじめての方へ」のカテゴリーは、何度も読ませていただきました。本当に役に立ちました!!この場を借りてお礼させていただきます。

ちょくちょく、遊びに来させていただきたいと思ってますので、よろしくお願いします。

投稿: ソラ | 2006/12/07 22:20

>ソラさん
コメントありがとうございます.
そうですか,少しでもお役に立てているならうれしいです.
神さまはいつも見守ってくださいます.必要なときには,必ず導いてくださると思います.いつかそのときが来るのをお祈りしています.
また,いつでも遊びに来てくださいね.

投稿: さかば(管理者) | 2006/12/08 00:14

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