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2006/11/20

しあわせなひと

今日の答唱の歌詞が心に響きました。

しあわせなひと
かみのめぐみをうけ
そのよろこびにいきるひと

(典礼聖歌集98番)

神さまの恵みは常に受けていると思いますが、それを感じるのはやはり苦しみの中でしょう。今日の福音朗読は「人の子が来る/いちじくの木の教え/目を覚ましていなさい」(マルコ13・24-32)でした。昨日の聖書の分かち合いで用いたところです。天地が滅びても神様の言葉は滅びず、最後の時にはキリストが現れます。

今日のお説教では、教戒師もされている神父様が会われた死刑囚の方が、洗礼を望まれたお話がありました。後は死を待つだけになったとき、これまでのことを反省して、天国への道を望まれたのです。絶望に包まれたとき、キリストが現れたのです。

同じ死刑囚でも、話を聞かない人、罪を認めない人、色々な方がおられるそうです。しかし、この方は反省し、最期の時をよりよく生きようと思われたのです。

常に恵みを受けていても、その喜びを感じるのは一瞬で、常に喜びを感じることはなかなかできません。しかし、この死刑囚の方は、教えを聞いて徐々に変わられたそうです。最期の時に、恵みを受けて喜びを感じられたのでしょうね。

反省し、きれいな心になったからこそ、喜びに生きることができるのでしょう。日々の生活に恵みを感じられないのは、心が汚れているのかもしれません。日ごろのを悔い改めて、もっと素直に恵みを感じたいと思います。

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