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2006/11/03

祈りによる恵み -苦しみの中にも恵みはある-

人生の中には色々な苦しみがあります。信仰心があっても苦しいときは苦しいです。ただ、少しだけ違うのは、なにか問題がおきたときに心丈夫なのです。

信仰心がないときは、なかなか前向きに考えられず、何か憂さ晴らしをする、より不幸な状況と比較する、別のもので我慢する、といったことしかできませんでした。しかし、気分転換をしても、我慢をしても、現実は現実で変えようがありません。

神さまに出会ってから、少し変わりました。どんな苦しいことにも意味があり、乗り越えられない試練は与えられないのだから、この状況も何とか乗り越えられる。そう思うようになりました。

苦しいときは祈り、神さまとお話しします。お願いも一つの祈りですが、それだけではなくお話します。別に語りかけなくても元々ご存知なのですけど、とにかく思いのたけをお話します。人に対してお話しするのなら、知らず知らず身構えてしまって言わない事もありますが、元々ご存知の方にお話しするので、躊躇する必要はありません。

苦しみや悲しみ、そして願いをお話して、神さまと分かち合います。いろいろと話しているうちに、不思議と落ち着いてきます。今まで見えなかった現実が、徐々に整理され、現実をどう受け止めればよいかが少しずつ見えてきます。

時には、自分の思いが恥ずかしくなり、間違いに気づくこともあります。また、自分のことだけでなく、他の人のことをお願いしているうちに、自分が一緒になって苦しむのではなく、何かしないといけない気もしてきます。

どんなにお願いしても、かなわないこともたくさんあります。でも、祈り、ゆだねることで、苦しみに挫折せず、前向きに生きようとする心が芽生えてきます。それを私は祈りによる恵みだと思っています。

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投稿: | 2006/12/03 03:32

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