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2006/10/13

ザアカイの回心

入門講座は以前も紹介した「徴税人ザアカイ」(ルカ19・1-10)でした。このお話で、ザアカイ(「純粋」という意味)は回心します。

聖書の中には、3つの悪の象徴が出てきます。心の悪として姦通あるいは姦淫(ヨハネ8・3-11)、体の悪として重い皮膚病(ルカ17・11-19)、そして社会の悪としてイスラエル人なのにローマの税金を集める徴税人を描いています。

徴税人ザアカイは徴税人の頭で、金持ちでした。もちろん、お金に対する執着も相当あったでしょう。そんな、ザアカイは背が低かったので、イエスがどんな人か見ようとイチジクの木に登ります。

イエスさまはそんなザアカイの家に泊まると言われます。人々は「あの人は罪深い男のところに行って宿をとった。」と非難します。するとザアカイは「主よ、わたしは財産の半分を貧しい人々に施します。また、だれかから何かだまし取っていたら、それを四倍にして返します。」と言いました。

この大きな変化は、まさに奇跡だと思います。盲人(ルカ18・35-43)や皮膚病(ルカ17・11-19)を癒されたことと同等、いやそれ以上の奇跡だと思います。物理的な奇跡は、医学的な知識があったとか、偶然、寓話といった見方もできますが、このザアカイのお話は、たぶん実際にあったお話でしょう。

では、なぜザアカイは心が入れ替わったのでしょうか?

これまで、イスラエル人の敵として徴税人のザアカイは、つらい日々を送ってきたのでしょう。そして、イエスさまのうわさを聞いて、自分もなんとか救われたいと思っていたのではないでしょうか?たとえ、話が聞けなくても良い、せめて姿だけでも拝見したい。そんな気持ちでイチジクの木に登ったのだと思います。

すると、姿を見ることができただけでなく、声をかけてくださった。しかも、泊まりたいとまで言われました。なんとありがたいことでしょう。これまで、ほかの人にはかけられたことのない優しい言葉に、ザアカイはまさに夢心地です。なんてすばらしいお方だと思ったでしょう。

しかし、人々は、そんなイエスさまを非難します。なぜならザアカイが「罪深い男」だからです。これまで感じたことのない優しさをあたえてくれたキリスト・イエスが、自分のために非難されたのです。

そのとき、ザアカイの心には光がさしたのだと思います。好きな人が非難されただけなら、非難した人を批判するだけで良いでしょう。しかし、ザアカイはそのときの問題だけでなく、これまでの問題の原因に気づきました。今までは、非難されたのは他の人に問題があると思っていましたが、実は自分自身に問題があったということに気づいたのです。

人々から非難され続けたザアカイの心は、かたくなになっていましたが、イエスさまの言葉に癒されたザアカイは感謝の気持ちでいっぱいになっていました。感じたことのないあたたかい気持ちに包まれて、ザアカイもようやく素直になれました。そして、ついに心を入れ替えることができたのです。

イエスさまは言われました「今日、救いがこの家を訪れた。この人もアブラハムの子なのだから。人の子は、失われたものを捜して救うために来たのである」

この話にあるような、ちょっとした言葉から希望が生まれ、信仰が始まるのでしょう。

(聖書の引用部分は日本聖書協会 新共同訳)

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