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2006/10/01

信者でなくても与えられるミサの恵み

洗礼を受けていなくても、教会のミサに出る(ミサを捧げるとか、ミサに与<あずか>ると言います)ことができます。はじめての場合は、日曜日のミサが良いでしょう(「ミサに行こう!」もお読みください)。日曜日のミサだと、聖書の朗読箇所を印刷した「聖書と典礼」という薄い冊子がもらえます。ミサの全貌を知るには式次第を借りたほうが良いですが、雰囲気を知るだけなら「聖書と典礼」と聖歌集(赤い本、黒い本、バインダー、楽譜と教会によって異なります) で良いでしょう。

ミサ(詳しくは「ミサ聖祭」をご覧ください)の中では、罪を告白し、聖歌をうたい、聖書朗読と神父様のお説教を聴きます。そのあと、奉納(献金)があり、いよいよ聖変化です。鐘が鳴らされ、パンが聖体(キリストのからだ)に、ぶどう酒が御血(キリストの血)に変わったことが、知らされます。この鐘は、昔ラテン語でミサが行われていたころの名残です。分からない言葉だと、ミサのどこをやっているかわからないので、もっとも大事なタイミングで「いま聖変化の瞬間ですよ」と鐘で告げられるのです。この鐘のおかげで、外国人でも安心してミサに与ることができます。

このあと、中央に列になって、信者は御聖体を(両形態の場合は御血も)いただきます。カトリックの洗礼を受けていない(かつ、プロテスタントから受け入れられたのでない)方は、御聖体を拝領するかわりに、神父様から祝福を受けることができます。

祝福を受ける際は、聖体拝領する方と共に中央の列に並びます。神父様の前に出たとき、手を合わせて軽く頭を下げます。すると、神父様が手を頭にかざし、「父と子と聖霊の祝福がありますように」あるいは「キリストの祝福」などのように言ってくださいます(もっと長い言葉のところもありますが失念しました)。

この祝福は神父様が行われる準秘跡です。キリストの愛弟子である十二使徒から2000年間続いたキリストの弟子である神父様によって、それぞれの方のために行われます。その行為は神父様がされているのですが、聖霊のはたらきを感じるほどにキリストの存在を感じるときもあります。ぜひ、ミサに与られたら、祝福を受けてください。

さて、ときどき洗礼を受けていないと聖体拝領できないことをご存知でなく、見よう見まねで拝領してしまう方があります。間違った後で神父様に相談された方の話によると、「恵みだと思いなさい」と言われたそうです。

入門講座でうかがった神父様のお話だと、間違って聖体拝領した人は必ず戻ってくる、つまり必ず洗礼を受けると言われているそうです。それほど、間違える人が多いと言うことなのでしょうね。そんなことなので、まちがって拝領した方も安心して、洗礼への道を歩んでください。

(わざと間違えないでくださいね。念のため)

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