教会の一致と平和 - 聖アウグスチヌスの思想 -
アウグスティヌスの思想的影響はキリスト教にとどまらず、西洋思想全体に及んでいるといっても過言ではない。
とされているほど、のちの西洋の思想に影響を与えました。アウグスチヌスの思想は、前回紹介した回心に基づくもので、Wikipediaには以下のように書かれています。
アウグスティヌスは人間の意志を非常に無力なものとみなし、神の恩寵なしには善をなしえないと考えた。
しかし、忘れてはならないのはこのようなアウグスティヌスの思想の背景には、若き日に性的に放縦な生活を送ったアウグスティヌスの悔悟と、原罪を否定し人間の意志の力を強調したペラギウスとの論争があったということである(ペラギウス論争といわれる一連の論争はキリスト教における原罪理解の明確化に貢献している。)。
プロテスタントにつながる思想
このアウグスチヌスの考え方は、プロテスタントに繋がっています。ルターは聖アウグスチノ修道会(リンク先はWikipedia)から出ていますし、カルヴァンの予定説(リンク先はWikipedia)や罪深さを強調するジャンセニスム(リンク先はWikipedia)も影響を受けています。
聖イグナチオが自らの意思で心の中の神の声を聞いたのに対して、Wikipediaの予定説の解説では
その人が神の救済に与れるかどうかは、予め決定されており、この世で善行を積んだかどうかといったことではそれを変えることはできないとする
:
救済に与れるかどうか全く不明であり、現世での善行も意味を持たないとすれば、虚無的な思想に陥るほかないように思われるが、実際にはそうではない。プロテスタントの信仰を持った人は自分こそ救済されるべき選ばれた人間であると考え、救済された証しを得るために現世での職務に励んだのである。
とされていて、その後の資本主義の発展に寄与した(リンク先はWikipedia)背景が書かれています。
このほかにも、アウグスチヌスの思想は東方教会との分裂のきっかけ(リンク先は新しき中世)にもなったと言われています。
アウグスチヌスの考えが、教会内の派閥争いや、免償符(いわゆる免罪符)に代表される教会の腐敗という時代的背景と重なって、分裂を導いたようです。
しかし、私はその考えを単純に問題があるとみなすことを望みません。なぜなら、当時は司祭を信者が選ぶなど、鹿嶋春平太さんの本にも書かれているようなプロテスタント的な運営も見られ、分かれるまでは色々な考えや運営方法を持ちながらもうまくやっていたからです。
教会に問題がない時代には、様々な考えを許容して、教会は一致していました。わたしは、そこに感動するとともに希望を感じました。
正戦論
最後に、アウグスチヌスの思想の中でどうしても触れなければならないのが、正戦論(リンク先はイエズス会社会司牧センターの「カトリックと戦争」)です。ヒッポの司教であったアウグスチヌスは、様々な宗教の迫害に逢い、「条件によって戦争を肯定する」と意見を取ったのだと思われます。
しかし、この考えは徐々に拡大解釈され、のちの十字軍や近年の戦争に見られるように、自衛の名目で土地を奪い合う様になってしまいました。
この悲しむべきことが、人類を導くことにも繋がったともいえます。後のイグナチオやアッシジのフランチェスコといった聖人は、こういった戦争の中で生まれたからです。また、上記の「カトリックと戦争」に、
第2次世界大戦以降から(中略)、カトリック教会は戦争を断罪し、世界平和のために全力を尽くすようになった
とされているように、人間が過ちを繰り返しながらも、自身の力で学びとることに繋がったという見方もできます。
そのような歴史に思いをめぐらすと、自由意志を与えられながらも仲間で殺しあう人間の愚かさを悲しむとともに、優しく見守り続けながらも導いてくださる御旨を強く感じます。
御国がきますように
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