« 人の能力を生かし、分かち合う | トップページ | キリストの恵み »

2006/10/05

役割の中で神様に向かう - ミサの心得 -

今日の入門講座で、神父様がおっしゃいました。

「演じてはいけない」

司祭や朗読などの奉仕者は、ミサの中で演じるのではなく、役割の中で神様と向かわなくてはならない。とのこと。

そういうことだったのか、心に響きました。消えてしまった記事にコメントするのは反則かもしれませんが、先日のMAGISであったミサでの歌い方の議論、ここからもリンクしているので見られた方もおられると思います。なんとなく分かるものの、私にはピンときませんでした。しかし、今日のひと言で、すっきりしました。

私も先日の聖書の朗読で、うまく読もうとしていました。結果は何度も詰まって大失敗。ほかの人に聞かせるのでもなく、自己満足でもなく、いつものように神様と向かいあって、同じ教会の兄弟と共に捧げるべきだったんですね。反省しています。

ちなみに、聖変化の時に鳴らす鐘(鈴?)は、「エマオで現れる」(ルカ24・30-31)にある

一緒に食事の席に着いたとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった。すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。二人は、「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか」と語り合った。

という箇所の目が開くことを示しているそうです。う~ん、まだまだ学ぶことが多いようです。

(聖書の引用は日本聖書協会 新共同訳)

|

« 人の能力を生かし、分かち合う | トップページ | キリストの恵み »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/138594/12154190

この記事へのトラックバック一覧です: 役割の中で神様に向かう - ミサの心得 -:

« 人の能力を生かし、分かち合う | トップページ | キリストの恵み »