« 畑の中の宝 | トップページ | 聖クリストフォロ »

2006/08/06

主の変容の祝日

今日のミサは主の変容の祝日でした。裕福そうに見えても実はお金の運用に苦労しているなど、見た目と実際は往々にして異なるものですが、イエス様もそうでした。

人々に裏切られて罪人として処刑されたキリストですが、一度だけ栄光の姿を見せられました。それが「イエスの姿が変わる」(マルコ9・2-10)でした。ペトロはイエスさまの気持ちがわからないかのように「仮小屋を三つ建てましょう」と言いますが、イエス様はこの後の受難と復活に向けて姿を見せられたのでした。

この主の変容を祝う神父の祭服は「光・恵み・超越的」を意味するお祝いの「白」でした。聖櫃にかけられた布も白に模様替えしていました。

今日のミサは、新しく来られた井上神父(茨木教会と兼務)と池長潤大司教の共同司式でした。ミサの後にうかがった大司教のお話は、教会の変容を伝えるものでした。

各教会に一人の神父がおられ、神父様を中心に運営される時代は終わりつつあるようです。宣教司牧をはじめとして、信徒たちの活動と運営が必要とされているようです。

今日は生まれて初めて第一朗読の奉仕をさせていただきました。生まれて始めての朗読は長く、しかも大司教の共同司式、ちょっと緊張してしまいました。なんとか朗読を終え、朗読奉仕は信徒としての一種の変容であるかのようにも感じました。

しかし、ミサの帰り道に妻に感想を聞くと「噛んどった」とのこと。たしかに読んでいる最中に2回ほど詰まりました。結婚して20年、知らない間に福岡出身の妻も関西弁がうまくなったものです、、、

|

« 畑の中の宝 | トップページ | 聖クリストフォロ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/138594/11307653

この記事へのトラックバック一覧です: 主の変容の祝日:

« 畑の中の宝 | トップページ | 聖クリストフォロ »