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2006/06/27

神の啓示の伝達

神の啓示によって、神と人間の関係、人間がどう生きないといけないのか、死ぬとどうなるかなどが示されてきました。そして、最後にキリストによって全てが明らかにされました(カトリック教会のカテキズム74)。

この啓示は全世界に行って、全ての人に述べ伝えなければなりません。日本においてもカトリック45万人、プロテスタント諸派50~60万人、合わせて100万人程度の信者がいます。より多くの人にキリスト・イエスを知っていただきたい、幸せになっていただきたいと言うのが、神様のメッセージです。

使徒伝承

旧約時代にも少しはあった神の啓示ですが、キリストは全てを教えてくださいました。キリスト亡きあと、全世界の人々に伝えるため、勇気を与えて使徒を派遣されました。これを使徒伝承と言います(同75)。使徒言行録にあるように、目に見えるキリストから、目に見えない聖霊になりましたが、村ごとに教会の建物を作り、司祭をおき、洗礼を授けて、共同体を作りました。そして、次の村へと広められていったようです。日本でも今では大きな市に一つは教会があるようになりました。

福音の伝承には書による聖書と、口述による口伝(聖伝)があります(同76)。聖書はキリストの教えをまとめて、書き記したものです。口伝は、キリストの教えを直接聞いた使徒たちは、聖書の内容以上にもっと聞いているのでその内容が口述で伝えられたものです。

これはサッカーの結果の知らせ方に例えることができます。内容は新聞でもわかりますが、現地に行って直接見た人は、結果だけでなく雰囲気までも鮮明に伝えられます。

同じように聖書と口伝は互いに補完しあい、より深く理解できるものです。プロテスタントでは「聖書のみ」とされていますが、一方を無視するのは良くないでしょう。口伝は円熟した形で伝えられていきました。

聖伝が誤りなく後々の多くの人に伝えられ、根付くようにと、十二使徒から教導職として司教は選ばれました(同77-79)。使徒の後継者によって宣教が続けられています。

聖書と聖伝の関係

聖伝は補足的に説明することで、聖書をより豊かなものにします。聖書と聖伝は共に神様から伝えられたものです。聖書に書かれたものと聖伝で伝えられたものは、互いに補完しあい、より豊かに神のメッセージが伝えられるようになります(同80)。

聖書は聖霊の霊感に照らされて書かれたものです。聖伝は後継者である司教によって、真理の霊の導きによって、説教で保ち、説明し、普及したものです(同81)。教父や神学者と呼ばれる人たちによって時代と共に発展し、神の真理を噛み砕いて、時には羊を別の動物に例えるなど、わかりやすく伝えられました。

聖書と聖伝のどちらも同じ敬虔と敬意を持って尊敬されるべきものです(同82)。これらは、第2バチカン公会議の憲章によって、教会に権限がゆだねられています。

初代教会は聖書を持っていなかったので、キリストの教えは聖伝として十二使徒を通じて教会に伝えられました。聖伝は大伝承とも呼ばれます。地方教会では時と共に、神学、おきて、典礼、諸伝承が生まれました。場所によって教会の諸伝承が異なっている場合は、修正や訂正されました(同83)。

聖書と聖伝の信仰の遺産は、使徒たちの教え、信者の交わり、聖餐、祈りという形で続けられています。教会は教導権を持ち、公会議によって教えが守られ、信条になっています。

このように教えが守られることで、羊が牧者に導かれるように、誰もが安心して教会の教皇・司教の導きに従うことができます。

なお、聖伝は口伝なので基本的に書物はありませんが、アウグスチヌスの説教集のような形で書籍があります。

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