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2006/05/25

人間は神を知ることができる

人類の罪」(ローマ1・18-25)では、神への信仰について書かれています。
人は世の中の全てを知っているわけではなく、知っていることは限られています。同じように神様について知っていることも少ないでしょう。

しかし、赤ちゃんや子どもが母親を求めるように、人間は神を求めます。神に出会い、なぐさめられ、助けてもらいたい、というあこがれがあります。

人は、ともすればカーテンを閉めて日の光を忘れるように、神様を知らないまま生きてしまいがちです。しかし、病気や苦しみなどをきっかけとして、あこがれが実現して神様に出会えます。

その人の生まれ育った境遇により、早くから神様を知る人、死の間際になって知る人など、まちまちです。しかし、すべての人が神様を知るように、神様は私たちを揺り動かしてくださいます。

「世界が造られたときから、目に見えない神の性質、つまり神の永遠の力と神性は被造物に現れており、これを通して神を知ることができます」とあるように、因果律(結果があれば原因がある)ことから神様を知ることができます。

このすばらしい世界は自然にできたのではなく、神様に造られたものです。そこには作者の知恵があふれ、作者のすばらしく良いものであることがわかります。そこからは自然と神様が見えてくるでしょう。

私たちは神様から生きていくために必要なものがプレゼントされています。あたり前と思ってはいけません。ちょっと考えれば神を知ることができますが、神様に目を向けないこともあるでしょう。太陽、雨、夜空に輝く星、大自然などを見れば、神の息吹を感じ、神をほめたたえることができるでしょう。

アテネで」(使徒17・26-28)にあるようにすばらしいものを見れば、造られた方の偉大さがわかります。すばらしいものが与えられているのですから、神を知らずに死ぬのではなく、ほめたたえ、賛美し、申し訳ないという素直な心を持ちましょう。

わたしたちは「神の中に生き、動き、存在する」のです。しかし、「「種を蒔く人」のたとえの説明」(マタイ13・18-23)にあるような、宗教的な無知、無関心、世の思い煩い、信者の悪い模範によって、つまずきを与えられ、神から逃れようとしてしまうことがあります(カトリック教会のカテキズム29)。

聖アウグスチヌスの「告白」にあるように、人間は神に向かって造られています。神のうちに憩うまで安らぎを得られません(同30)。

この世の幸せは、いけすの魚のようなものです。限られたところでは楽しみがあるかもしれません。しかし、海に放されたならどんなに幸せでしょうか。神に向かい、求め、共に生き、神の懐に入ることで、幸せになります。そして、神様と共に生きることができるように、日々学んでいくのです。

(聖書の引用は日本聖書協会 新共同訳)

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コメント

今日も素晴らしい記事ですね。
>人間は神を知ることができる
その通りだと思います。
さかばさんは,今回,新約聖書をべースに述べられていますが,
私は,その土台を,旧約聖書『エレミア書』の33章で語られている「新しい契約」にみています。
トラックバックさせていただきます。
コラボレートできると良いと思います。

投稿: ct | 2006/05/25 20:33

コメント&トラックバックありがとうございます。いつも勉強&共感させていただいています。これからもよろしくお願いします。
そちらに書き忘れましたが、ブログのデザインが、しばらく前に変わりましたね。さりげない十字架が素敵です。

投稿: さかば(管理者) | 2006/05/25 22:53

>いつも勉強&共感させていただいています。
私の方もさかばさんのフレッシュな解説を読み,
改めてカトリックの良さを教わっています。

>ブログのデザインが、しばらく前に変わりましたね。さりげない十字架が素敵です。

これには,わけがありましてね。
私のブログを読んで下さっている方から,
字の色や大きさによって,とても読みづらいので,改善できませんかという主旨のメールをいただいたのですよ。
それで,ココログが用意しているいくつかのテンプレートを試してみましたが,どれも,帯に短したすきに長しで,そのニーズにかなうものが見つかりませんでした。
それで,テンプレートを自作したというわけです。
そうしたら,早速その読者の方から,「これで眼鏡なしでも読めるようになりました」というメールをいただき,とても嬉しかったです。
その方は私と同い年くらいだと思うのですが,
中高年にとって,ブログの画面は,普通のホームページに比べて読みづらい場合が多いですからね。
なお,画像の十字架は勤務校の聖堂のものを埋め込んであります。
また,数行のギリシャ語はロマ書8章28節です。

投稿: ct | 2006/05/26 15:58

なるほど、そういう理由があったのですか。アクセシビリティに強いOperaを使ってもらえれば改善するかもしれませんが、強制もできませんからね(ちょっと耳が痛いです)。テンプレートの自作までされたのは本格的ですね。

ロマ書8章28節というと以下のところですね(日本聖書協会 新共同訳)。

神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。

ctさんが先日書かれた主旨と同じですね。

投稿: さかば(管理者) | 2006/05/27 02:22

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昨日,「神様にできないこと」というタイトルで記事を書いたら,piyoさんとさかば [続きを読む]

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