一粒の麦
来週の枝の主日はキリストのエルサレム入城の日です。そのエルサレム入城を前にして、ミサの福音朗読は「ギリシア人、イエスに会いに来る」(ヨハネ12・20-33)でした。
イエス・キリストは「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ」と述べられました。これは、ご自身の将来の受難とその復活語のキリスト教の発展を述べられた言葉ですが、日本二十六聖人をはじめとする多くの殉教者をも表した言葉です。日本にキリスト教が伝わった後の多くの殉教者が、日本のキリスト教の発展に貢献したことは言うまでもありません。
来週の枝の主日では、いったん集まってから棕櫚(しゅろ:やし科の植物)の枝を持って行列します。映画「KING OF KINGS」(いずれ紹介します)でも棕櫚(というか見るからにヤシ)の葉でキリストを出迎え、ロバに乗ったキリストの前の道に敷いていました。聖週間にはキリスト教には枝の主日や足洗式など、イエスの生涯を模したものが多いですね。
(引用は日本聖書協会 新共同訳)
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コメント
関連記事をトラックバックさせていただきました。
なお,東京教区の「福音のヒント」では,この箇所を次のように解説しています。
>麦粒が自分を壊し、養分や水分を受け入れ、ほかのものとつながってこそ、豊かないのちが育っていきます。イエスのいのちはまさにそのようないのちでした。自分の中に閉じこもって、自分を守ろうとするのではなく、自らを壊して、神とのつながり、人とのつながりに生きようとしたいのちだったのです。
的確ですね~。
投稿: ct | 2006/04/04 12:53
コメント&トラックバックありがとうございます。
「福音のヒント」は、毎回、なかなか深くて良いですね。ctさんの記事とも良くあっていますし。
私の通っている教会では、守護聖人が二十六聖人なので、あのようなお話になったと思います。
投稿: さかば(管理者) | 2006/04/04 18:30