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2006/04/23

祈り(勉強会編の続き)

神を信じない人にも「祈り」は自然なことです。聖アウグスティヌスが、魂の呼吸、意識せず呼吸するように言ったように、人の霊魂も存在を保つには祈り続ける必要があります。

命をいただき、両親にはぐくまれ、自分を意識したなら、命そのものである神も、命を与え、はぐくみ、恵みを与えてくださいます。全ての生命は神に与えられたもので、必要なものも下さいました。

神様とのコミュニケーションである祈りが必要です。話さないと夫婦もギスギスするように、祈らないと神様とも疎遠になり、自分の意見が正しいと思ってしまいます。

心の安らぎを得るには祈りは大切です。祈りから遠ざかると、心は乾燥します。祈りの本質は、神様に心をあげることです。日曜だけでなく、家においても祈る必要があります。

ご飯を食べないと力が出ないように、祈らないと心の力が出ません。心のあり方がぶれ、ふらふらします。焦点をあつめ、集中しなければなりません。

神が何を望むかを考えましょう。祈りは一方通行ではありません。サムエルが「どうぞお話しください。僕は聞いております。」(サムエル上3・10)と言ったように神の声を聞きましょう。

「イエスの姿が変わる」(ルカ9・28-36)では、祈るために山に登られたイエスさまが、祈りに没頭するうちに「イエスの顔の様子が変わり、服は真っ白に輝いた」様子が書かれています。神の姿に感じるような、キリストの本質である顔、形を見せられました。弟子たちは、天の声を聞き、本当の神の子と知りました。

祈りは大切です。祈りで、神から知らされることもあります。日常生活で歌を忘れないように練習するように、どんなときも心を向けましょう。「言わなくてもわかるだろう」ではなく、感じていることを申し上げましょう。

(引用は日本聖書協会 新共同訳)

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