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2006/04/10

教会と献金

勉強会のテーマは、神父さまの一番話したくないお話「献金」でした。
「やもめの献金」(マルコ12・41-49)では金持ちが有り余るお金から、たくさんのお金を賽銭箱に入れていました。貧しいやもめはレプトン銅貨2枚(100円か200円程度)を賽銭箱に入れました。イエスはこれを見て、「だれよりもたくさん入れた」と言われます。これは、貧しいやもめが生活費を全て入れたからです。自分にとって必要なものを入れたと言うことは、神様に大きな犠牲を払ったと言うことです。

「エルサレムの信徒のための献」(二コリント9・1-9)では献金について、惜しまず豊かにまく、不承不承でも強制でもなくするものであるとしています。

入信するとクリスチャンになり、信徒名簿と共に献金袋が渡されます。信徒は現実を理解して協力しないといけません。これは教会のおきてであり、教会法になっています。各々の分に応じて教会維持費を出す必要がありますが、本人の判断に任されています。献金は多いとか少ないではなく、神様の前にあってするものです。人に見せびらかすものでもありません。

イタリアのトリノの近くにプロビデンチア・デイ(神の摂理病院)という病院があるそうです。ここでは、神様に任せて運営をしているそうです。貧しくても治療してもらえ、払える人は払い、払えない人は払わなくて良いそうです。遺産を寄付してもらえるときがあり、それで不足分を補っているそうです。

また、修道会でも年度の予算が余ったら寄付をして毎年0から始めるところがあるそうです。マザー・テレサの活動も人々の献金だけで運営していたそうです。

旧約聖書では、イスラエル人は収穫の1/10を収めていたようです。多くのプロテスタント教会はこれにしたがっているようです(信徒数が少なく、牧師が独身ではないので、このような基準になっているのでしょうね)。

大阪司教区では収入の3~4%が教会維持献金の基準とされているようです。月に30万円の収入なら9,000円になりますが、家庭の事情によって必ずしも守らなくて良いようです。また、税金を含むか、税引き後であるかはお任せだそうです(インターネットで調べると2-3%と言うところもありますので、大阪はケチなので、少々多めにしているのでしょうね)。奥さんだけが信者の場合は家の収入を半分にして計算するそうです。

教会維持献金は、司祭、賄婦、事務員などの人件費、教会学校などの教育費、光熱費、典礼費、電話、事務費など会社と同じような一通りの費用に使われます。昔はバチカンから援助費があったそうですが、今は(大阪司教区は)もらっていないそうです。

大阪司教区には90ぐらいの教会があり、司教館、司教教区事務所の人件費等を維持するために、各教会のミサ聖祭献金と維持費の10%が回されているそうです。なお、ミサ聖祭献金のうち、月に1回程度は海外等の献金に回されます。

なお、大阪教区には30人程度の教会もあり、全教区で維持費をプールして一人当たりの人件費を計算しているそうです。私の通う教会では1400~1500人ぐらいの信徒が居るので、3人分ぐらいの費用を出していることになるそうです、

教会拡充献金は維持献金の余力でするものだそうですが、私の通う教会では、葬儀・結婚式やバザーだけではまかなえないので、一定の比率で維持費と拡充献金を出すように言われています。これらと神父様の養成に使われる一粒会、気の毒な方への社会福祉献金、信徒親睦献金などを合わせて大体収入の3~4%を毎月献金することになるようです。

これらは4月に申告して、毎月払います。たまると辛くなるので、生活で使わないうちに払ってしまいましょう。

空の鳥は、神様が養ってくださいますが、教会の維持にはお金が必要です。教会は取り立てはしません。善意に頼っています(7割程度の世帯が払っています)。

なお、毎月の献金のほかに特別献金として、クリスマス(12月)、イースター(4月)、聖母被昇天(8月)の献金があります。これらに基準額はありませんが、毎月の比率が参考になるでしょう。

なお、ヨーロッパやアメリカでは教会維持費がなく、ミサの献金で維持できるそうです。日本は信徒が少なく賽銭感覚で献金しますが、欧米は10ドルとか50ドルとか入れるからだそうです。

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