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2006/04/19

祈り(勉強会編)

勉強会のテーマは「祈り」でした。現代なら携帯電話でいつでもどこでも話ができますが、昔は手紙で親子のつながりや情愛を維持していました。神様を信じるものにとって祈りは、思い、喜び、悲しみ、の語り合いです。神を信じるものとして祈らなければなりません。

祈りは神との語らいです。神を礼拝、賛美し、神に感謝、お詫びし、願うものです。自然の中で暮らしたり、山小屋で降るような星空を見たり、ご来光の雄大さを感じたとき、人は偉大な存在に気づきます。(詩編148)に「日よ、月よ、主を賛美せよ」「野の獣よ、全ての家畜よ、地を這うものよ、翼のある鳥よ」「主の御名を賛美せよ」とあるように、この世のものは自然にできたのではありません。その秩序は、すばらしく、賛美せずにいられません。

私達は神様に支えられて生きています。病気にかかったり、年をとると、ありがたさがわかります。人間は、その秩序や機能など良くできていることに気づくでしょう。心から神に感謝することが大切です。今までも、神に見守られて成長できたのです。

雨は大地にたまり、作物を育てます。また、同じように太陽もありがたいものです。全てのものが神に支えられているという謙虚さが大切です。人は傲慢になると神を必要とせず、祈ろうとしません。

朝な夕な心を捧げ、語り合いましょう。朝起きて、仕事を終えて、祈りましょう。そうすれば、湧き水のように、神に心を表す気持ちがわいてくるでしょう。祈りにおいては、親のありがたさを感じることのように「気づき」が大切です。

祈りの原動力は神様に対する渇きです。神様も私達を思ってくださいます。その神様と語らいたい、知りたいという気持ちです。また、わがままだったときなど、素直な気持ちで反省しましょう。祈りには「願い」という側面もありますが、お願いで終わってはなりません。

「祈るときには」(ルカ11・5-13)では、パンを貸してくれと言ったとき、寝たから面倒だと貸してくれなくても、たたき続けたならば、友人だからと言う理由でなく与えられるとあります。神に何回も頼み、願うなら、かないます。われわれは、神に比べると不完全(悪い者)でありながらも、天の父は良いもの(聖霊)を与えてくださいます。

人は自分の力でどうにもならない、八方ふさがりのとき、人間以上のものに助けてもらおうとします。まさに苦しいときの神頼みです。

イエスさまも荒れ野で40日おられたとき、朝早くおきて願われました。

また、「ゲッセネマで祈る」(マタイ26・36-39)では、ご自身の考え・望みどおりになることを願われます。しかし、神の願い(み旨)が異なる場合もあり、受け入れなければなりません。盃というのは苦しみのことで、残酷な死に方は望まないが、父がお望みなら引き受けますと言われます。

神に委託、ゆだねることができたなら、怖いものなし、ストレス知らずです。神様が助けてくださるので、心配しすぎないことです。ありのままに受け入れることが、祈りの生き方です。

「長老たちへの勧め」(一ペトロ5・5-7)にあるように、みんな大なり小なりの思いわずらいはあります。神が心をかけていてくださるので、何もかも神にお任せしましょう。

少しの時間でも良いので、神を思い、ゆだね、反省し、感謝しましょう。

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コメント

本当ですね。
私たちのことを、いつも、神様が
心にかけていてくださる、と信じられたら、
どんなにいいかと思います。
恥ずかしながら、信仰心の薄い私は、
それよりも、不安に押しつぶされそうになるので。
 私は、今、病院で勤務しています。
同じ職種の人の中には、宗教は違っても、
やはり、信仰のある方もおられます。
そういう方の、持ち物を見ると、
「情けは人のためならず」というようなことを、その人の宗教の言葉で、書かれていたり、数珠を手首に巻いていたり・・など、
仕事中でも、神仏の守りや導き、心の支えを求める気持ちを持っていることが、
感じられます。
 私が、お薬を差し上げるとき、病室で、廊下で、患者様と、職場の人たちと触れ合うとき、神様がいつも私を見守ってくださり、よき方向に導いてくださるよう、心から、私も願っていますが・・。
弱い私は、ついつい、自分のことばかりに気をとられてしまいます。
 今日、夜勤明けで、少し、落ち込んでいたので、さかばさんのサイトを見て、慰められました。
 主の平和が、今も、いつも、私たちとともにありますように。

投稿: たらちゃん | 2006/04/20 16:19

素敵なコメントありがとうございます。
私が教会に通うようになったのは、遠藤周作のキリストの誕生で「自分のことばかりに気をとられている自分」に気づかされたからです。2000年前に、こんな自分のためにも、愚痴のひとつも言わずに十字架にかかられたと思いました。
それを信仰心と言うのかはわかりませんが、私たちが神とするキリストは、世の中の多くの方の苦しみも背負われたのだと思います。そんなイエス様だから、いつも心にかけていてくださる、そう思っています。

投稿: さかば(管理者) | 2006/04/20 17:36

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» 望みをかなえるメカニズム [本質を見極めろ!]
願望達成のメカニズムを説き明かしてくれるそんな本があります。正直、この人のこの本は僕のタカラです。 [続きを読む]

受信: 2006/04/22 07:23

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