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2006/03/14

ちょっと教会めぐり in 東京 その2

前回に引き続き東京の教会を巡りました。四旬節中でもあるので、今回はなるべくミサに出るようにしました。

asakusa まずは浅草教会に行きました。入り口に「どなたでもお入りください。むりな勧誘はしません」と書かれています。カトリックはどこも自由に出入りできてあまり強制しないイメージがありますが、はっきり書かれていると安心でしょうね。落ちついた感じの教会でした。十字架に天窓からの光があたり、天から聖霊が降りてきているようでした(リンク先はHolyring)。

akabane 赤羽教会はゴシック調というのでしょうか、まるでヨーロッパのお城のような美しい教会です。聖堂内はじゅうたん張りで、祭壇もゴシック調の作りになっています(リンク先はHolyring)。ここでは、金曜日の夜にミサを捧げにいったのですが、ミサ前に十字架の道行きの信心をされていたので、途中からですが参加(というのでしょうか?)させていただきました。十字架の道行きでは歌などはありませんでしたが、侍者の方が十字架で神父様を先導されて、いかにも巡礼といった感じの信心でした。十字架の道行きの時もそうでしたが、ミサ中に跪(ひざまず)かれる方も多く、御聖体を口で受けられる方がおられるなど、伝統と格式の残るすてきな教会でした。

sekiguchi 翌朝は体力の限界で朝のミサはあきらめて、お昼前に東京カテドラル(関口教会)に行きました。お祈りの後、前回はよくわからなかった天井の十字を確認しました。一番前だと十字に見えました。ヨゼフ様の像は「受け入れる」じゃなくて「受けとめる」だったんですね。洗礼名がヨゼフの予定なので、もっと心の広い人間にならないといけませんね。

kojimachi お昼にはイグナチオ教会でミサを捧げました。12時の鐘の音と共にミサが始まります。天井を見ながら(リンク先はHolyring)鐘を聞くと神の国からの招きのようでした。ここでは、最近少なくなったという跪き台があり、みなさんミサ中に跪かれていました。後ろに人の邪魔になるので、私も見よう見まねで跪きました。生まれて初めての経験でした。祈る気持ちが深くなるような感じがしましたが、ちょっとひざが痛かったです。

domeH 今回も神田教会は結婚式で中に入れませんでした。少し時間をずらしていったのですが、すぐ後に別の結婚式があると言うことでだめでした。縁のないところはこんなものですね。ミサを捧げに行くのが正解のようです。仕方がないので東京ドームに行きました(写真は東京ドームホテル)。:-)

tsukiji 築地教会はミサのときでないと中に入れませんが、きれいな建物でした。そう、ここで不思議な接近遭遇(!?)がありました。不思議な縁というか、お導きのようなものを感じます。

kohenji そして、最後は一度は行ってみたかった高円寺教会、入り口にある天使の森(売店)では教会の絵葉書や説教集なども売られています。土曜夜と日曜朝のミサの聖体拝領では、司祭がお一人で御聖体を渡されていました。二人で渡されるとどちらか一方ばかり並んだりするので、お一人でされるのは公平で良いですね。

今回はミサを4回捧げましたが、ミサにも色々あるのですね。聖体拝領の際の祝福も教会によって違うことを知りました。今回改めて、私の通う教会は歌が多いと認識しました。また、小規模な教会ですが聖体拝領が両形態(御体と御血)でいただけるのも恵まれていると思いました。興味のある方は、ぜひ一度お越しください。

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コメント

いやあ,ずいぶん真面目に回ったものですね。
わたしなんぞ,すぐ近くにいるのに,
この中で行ったことがあるのは,
元ホームグランドのイグナチオと,
カテドラルと高円寺だけです。

>ミサにも色々あるのですね。聖体拝領の際の祝福も教会によって違うことを知りました。今回改めて、私の通う教会は歌が多いと認識しました。

神父様による「典礼」の捉え方で微妙に違いますね。
私の教会なんかは,三人司祭がおられるのですが,三者三様です。
それに信徒は文句も言わず,従っていま~す。
そういえば,イグナチオにも「絶対に歌わない」神父様がおられますよ(^.^)

あと,両形態とは羨ましいものです。

投稿: ct | 2006/03/15 01:23

コメントありがとうございます。
めったにない機会なので、ついつい頑張ってしまいました。
両形態だと、カリスから御血を直接いただくこともできますので、ちょっと期待しています(ちょっとだけですよ:-)。

投稿: さかば(管理者) | 2006/03/15 01:40

*さかばさんこんにちは。私の在籍する赤羽教会へのご訪問有り難うございました。毎年の金曜日の十字架の道行きは欠かしたことは有りませんのでその場に私もいたのではと思います。さかばさんと共に祈りをお捧げしていたと思うと不思議なご縁ですね。因みに侍者のTさんはトリエント典礼から侍者を務めておられる(現典礼委員長)方で教会の顔でもあります。赤羽教会の良いところは伝統を守りつつ、典礼上も新しい試みも柔軟に取り入れていく「寛容」さにあると思います。又のご来訪をお待ちしております。
(追伸:文中の表現ですが御ミサを”お捧げ”できる方は司教・司祭のみですので、信者は”与る”というのが適当な表現かと思います。)

投稿: フランシスコ | 2006/11/07 09:16

>フランシスコさん
コメントありがとうございます。
訪問した際におられた方にコメントいただけるとは思いもよりませんでした。赤羽教会は伝統を守りつつ寛容さもある良い教会ですね。ぜひ、もう一度おうかがいしたいと思います。
ミサを捧げるというのは、他のブログで与るよりも捧げるとするのが良いという書き込みがありましたので、捧げるとしています。大阪司教区では「こどもとともにささげるミサ」という冊子がありますので、「共に」ささげるというのがポイントで、信徒が捧げに行くという表現は変かもしれませんね。機会を見つけて神父様に質問したいと思います。ご指摘ありがとうございます。

投稿: さかば(管理者) | 2006/11/07 18:20

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