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2006/01/17

福者と列福-高山右近その2-

ukon8 私の通う教会では、ミサの前に「ユスト高山右近の列福を求める祈り」を祈ります。

すべての人の救いを望まれる神よ、ユスト高山右近は、「全世界に行って、福音をのべ伝えなさい」というキリストのことばにこたえ、苦しむ人を支え、困難のうちにある人を助け、あなたへの愛をあかししました。また、世の権力に屈することなく福音に忠実に従う道を選び、すべての地位と名誉を捨て、幾多の困難をすすんで受け入れ、ついには異国へ追放されました。このように、あなたはユスト高山右近をとおして、すべての人に仕える者の姿を示してくださいました。
父である神よ、どうか私たちの祈りを聞き入れ、福音を力強くあかししたこの神のしもべを福者の列に加えてください。
わたしたちの主イエス・キリストによって。  アーメン

(各自の意向を沈黙のうちに祈る)

父である神よ、現代に生きるわたしたちが、あなたの忠実なしもべユスト高山右近にならって、この世の力や誘惑に惑わされることなく生き、み名を知らない人びとに福音をあかしできるよう、ゆるぎない信仰と勇気で満たしてください。
わたしたちの主イエス・キリストによって。  アーメン

(日本カトリック殉教者列福調査特別委員会認可)

ここに出ている「福者」(リンク先はWikipedia)とは、「死後その徳と聖性を認められた信徒に与えられる称号」で、この称号を受けることを「列福」というそうです。福者は聖人になる前の段階でもあり、聖人が博士なら福者は修士(博士前期過程)のような感じで、修士でおわる立派な方もおられますし、さらなる審査で博士までたどり着かれる方もおられるようです。

Laudateのキリスト教マメ知識によれば、福者の審査には3段階あるようです。「高山右近史話」によれば1634年にマニラで公式列福調査が行われ、1963年にローマ聖座の公文書に基づき列福調査が始まり、1971年に53,680人の署名がローマに送られているそうです。もうすこし、というところでしょうか?

poster 2月5日にカトリック高槻教会で行われる「高山右近列福祈願ミサ」(高山祭)では、これらの意味を考えながら捧げたいと思います。ミサ終了後は「事実無根-高山右近に関する疑問について考える-」という無料講演があり、それも楽しみにしています。

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