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2006/01/20

堅信の賜物

勉強会は堅信の続きで「悪と戦う」「堅信の賜物」でした。
信仰者が信仰の道に生きる時でも、悪を行うように誘惑するものがあります。「悪と戦う」ことが重要です。悪魔は、悪いと感じさせずに悪に導こうとします。気づかない間にガン細胞にむしばまれるように、悪魔は姿を見せずに忍び寄ります。それは対象が人間の心である分だけ、ガンよりももっと深刻です。

「裏切られる」(ルカ22・41-53)はゲッセネマの園でユダがイエスが誰であるかを接吻して示す場面です。ユダはなぜ裏切ったのか、イエスに従っていたのは欲望ではなかったはずです。イエスに教えを受け、どのように神の国に旅立つかをならい、様々な奇跡も見てきたはずです。

しかし、これまで何回か注意されたにもかかわらず、イエスを敵の手に渡す算段をし、銀貨30枚を受け取る約束をしました。ユダが群集の先頭でイエスに接吻しようとしたとき、「接吻で人の子を裏切るのか」とイエスは知っていたように答えます。そして、ペトロが剣で大祭司の手下の耳を切り落とすと「やめなさい」とイエスはたしなめました。武器を持って戦ってはいけないのです。

過去の歴史では、クリスチャンが戦っています。十字軍はイエスの亡くなられた地であるエルサレムを、聖なる町として奪い返そうとしました。人々はキリストへの愛を示そうとしましたが、これは誤りでした。熱意が人を追いやり、傷つけ、うらみ、復讐心を起こしました。アメリカとイラクのように暴力は解決にならず、本当の平和は訪れません。

霊的な戦い(霊戦)とは、欲、執着心、快楽主義など、聖書に金の欲、肉の欲、生活のおごりとされた、根が深いものとの戦いです。収穫までには、雑草を取り、水をやるなど努力が必要です。良い戦いを戦うこと、悪魔(欲)と戦うことが重要です。

(一コリント9・24)はこの世の名誉のためでなく、永遠の冠を得るために節制することを述べています。人はいつも神様の望みを完全には達成できず、神様の望みを置き去りにして悪に手を汚すこともあります。100戦100勝ではない悲哀を感じるでしょう。このために赦しの秘跡があり、罪の状態から回復させるのです。

信仰生活は一人ではありません。この世の戦いで負けないように同士と共に戦います。一人一人の生き方は大切です。しかし、自分ひとりだけでなく世界の10億人と共に戦っているのです。

「ローレライ」は、歌にうっとりしていると暗礁に乗り上げ、皮の藻屑になってしまうという歌です。人は「悪魔の誘惑」にさらされていることに気をつけましょう。

「堅信」には、聖霊の七つの賜物があります。それぞれ、以下の恵みがあります。

上知:神様を重んじる、味あわせる、照らしてくださって大切にする心を得る
聡明:神様の教えを悟らせる、しみこませる。
賢慮:自分の救いのためには何をなすべきかを判断させる
剛勇:救いの妨げになるものに打ち勝つ(力強く勇気を与える)
知識:神様の御旨に従って世の中の物事を悟らせる、用いさせる
孝愛(こうあい):神様の子供として、親孝行の心で神に仕える(神様の御旨を行う)
敬畏(けいい):愛し敬う心から神の望みに反することを畏(おそ)れる

聖人に近づけるように頑張りましょう。

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